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箱根・芦ノ湖西岸歩道ハイク


令和二年(2020)11月中旬の週末、紅葉シーズンの芦ノ湖西岸歩道を歩く。道は前年秋の台風19号による崩落で通行止めとなっていたが、この春に復旧した。

芦ノ湖西岸歩道は芦ノ湖の北側にあたる桃源台(小田急系列の箱根登山)・湖尻(西武系列の伊豆箱根)バス停から芦ノ湖南側の箱根町港(箱根登山)・箱根関所跡(伊豆箱根)バス停を結んで歩くハイキングコース。小田原駅を起点とする場合、箱根のなかでは最も奥まったところとなり、路線バスの乗車時間も最も長い部類となる。
国内有数の観光地として賑わいを見せる箱根にあって、芦ノ湖西岸はまとまった観光開発がなされることもなく訪れる人も箱根にしては多くはない。そこには喧騒を離れた、ひっそりと静かな箱根の原風景が残されている。


このコースを歩く場合、アプローチを選択するにあたってのポイントは二点。

第一に北側の桃源台・湖尻と南側の箱根町港・箱根関所跡のどちらをゴール地点とするか。
ゴールを桃源台・湖尻とした場合は帰りの路線バスは必然的に国道一号・宮ノ下を通過することになる。紅葉の季節といったハイシーズンはもちろんのこと、通常の週末でも渋滞は必至。宮ノ下駅あたりで登山電車に乗り換えようにも編成の短い登山電車はかなりの混雑となる。
一方、ゴールを箱根町港・箱根関所跡とした場合は帰りのバスで小涌園・宮ノ下経由の他に箱根新道(バイパス)を経由する路線を使うことが可能となる。バイパス経由はそもそも所要時間が短い。ハイシーズンであれば新畑宿橋バス停あたりからの渋滞で30分くらいの延着は覚悟しなければならないが、それでも小涌園・宮ノ下経由よりは遥かにマシといえる。通常の週末であればバイパスで渋滞に引っかかるリスクはほぼ考慮しなくてもよいかと思う。

第二に箱根登山バスと伊豆箱根バスのどちらを利用するか。
箱根登山バスを利用する場合、バス路線のみのフリーきっぷはない。往復ともに路線バスを使う場合は通常の運賃(小田原起点の往復でおよそ2,500円)で乗ることになる。
「箱根フリーパス」は海賊船・ロープウェイ・ケーブルカー・登山電車も含むので当然に割高(小田原発で4,600円)であるが「どうせ渋滞に巻き込まれるなら」と桃源台をゴールにして帰路に箱根ならではのルートを満喫するのも一つの選択肢。箱根フリーパスだと料金面は海賊船を使わない分通常運賃より割高になってしまうものの、その都度運賃を払う(Suica、PASMOも窓口でのチケット購入のみ)よりは乗り換えがスムーズというメリットはある。あるいは往路をバスで桃源台まで登り、海賊船で箱根町港に渡ってから芦ノ湖西岸を歩いて桃源台まで戻りロープウェイ等を乗り継いで帰ることも考えられる。こうすればフリーパスを無駄なく使い倒すことができる。
一方、伊豆箱根バスを利用する場合には「箱根バスフリー(ワンデーバスフリー)」(1,700円)がある。こちらを利用すると小田原駅〜湖尻、箱根関所跡〜小田原駅の往復路線をカバーできるので、かなりお得になる。チケットを購入できる小田原駅前案内所は窓口が開くのが遅いのがネックだが、案内所を利用せずとも予めセブンチケット(インターネット)あるいはセブンイレブン、ローソンの端末で購入しておくことが可能。
※金額はいずれも2020年11月現在。


今回は伊豆箱根バス「ワンデーバスフリー」(セブンチケットで購入手続き、店舗レジ支払い)を利用。湖尻バス停スタート、箱根関所跡バス停ゴールのおよそ12kmの道のりを歩く。小田原駅まではバイパス線(箱根新道線)利用とする。


1.湖尻バス停から深良水門へ



伊豆箱根バス・湖尻(こじり)バス停。標高726m。時刻は朝8時30分。他に降りた乗客はいなかった。
小田原駅東口5番のりば7時40分発の箱根園行きバスに乗車したのだが、紅葉シーズンの山行きの朝早い便にもかかわらず座席は空席が結構あった。そこは箱根。丹沢の山深くに入り込む(一日の行程がとても長い)登山で利用する秦野駅〜ヤビツ峠や新松田駅〜西丹沢ビジターセンターはむしろ始発が激混みになるのだが、芦ノ湖西岸歩道歩きともなると様相はだいぶ違う。
時間が時間だけに箱根湯本〜宮ノ下〜小涌谷駅〜小涌園の流れもスムーズ。宮ノ下で仙石原・桃源台方面への国道138号を分け小涌園で芦之湯・元箱根方面への国道一号から分かれた後は、箱根登山バスの通らない早雲山駅入口から台ヶ岳(中央火口丘)の南面(「国有林前」バス停付近。標高933m)への高所ドライブ。この路線に乗るのは初めてだったが、県内の路線バスでは最も標高の高いところをぐんぐんと登っていく今回のバス旅はかなり新鮮だった。なお新型コロナ禍の2020年シーズンは全便がロープウェイ大涌谷駅へは立ち寄らない、とあった。




箱根湖尻ターミナル。西武・伊豆箱根系列の「芦ノ湖遊覧船(双胴船)」乗り場となる。
箱根西岸歩道ハイキングコースは途中にトイレは全くない(ゴール手前の「箱根やすらぎの森」まで)ので、予めここで用を足しておきたい。




湖尻からは九頭龍神社(くずりゅうじんじゃ)へのハイキングコースも延びている。




清々しい芦ノ湖の湖面を朝霧が流れゆく。




湖尻から桃源台へは車道を歩かずに湖畔のボート乗り場の桟橋を通らせていただく。
ここは令和元年(2019)の台風19号により湖岸が水没する被害に見舞われた。水位の上昇した芦ノ湖の報道映像も記憶に新しい。




奥に見えるのは箱根ロープウェイ・桃源台駅と「箱根海賊船」。あちらは小田急・箱根登山系列。




桟橋から車道へ。














桃源台駅。湖尻ターミナルからここまで6,7分程度。芦ノ湖西岸歩道の各種ガイドでは通常はこちらがスタート・ゴールとされている。









桃源台駅すぐ横の駐車場脇を抜け、湖畔へ。









朝の陽射しの中にうかぶ海賊船のシルエットは、なかなか幻想的。




この先でキャンプ村を抜けて湖尻水門へと向かう。




湖尻ターミナルから桃源台、桃源台から湖尻水門までの間、車道歩きはそう多くはない。




午前9時過ぎ、気温は14度。暑くも寒くもなく快適なトレッキング日和。









紅葉に包まれたキャンプ村のコテージ(ケビン)。晩秋でもお客さんの利用は結構ある。









湖尻水門に到着。

湖尻水門は芦ノ湖の水位調節のために設けられている水門。遠隔操作の可能な現在の水門は平成二年(1990)に完成。それ以前は昭和27年(1952)完成の人力開閉の水門、さらに古くは甲羅伏(こうらぶせ)と呼ばれた石積みの堰だった。




通常は閉じられている水門。水門の操作(開放)による早川への放流は豪雨による水位上昇にともなう湖畔の地域の浸水被害を防止するケースに限られている。一見すると芦ノ湖は早川に直接水を流し込む水源のようであるが、通常は地下に浸透した伏流水による間接的な水源となっている。




電波塔の建つ山は外輪山の一ピーク、丸岳(1156m)。左は長尾峠、右は乙女峠を経て金時山(きんときやま。1212m)。




早くも南の空が曇ってきた。




湖尻水門改築工事完成記念碑のあたりで駐車場から浜へと下りる。














桃源台港と湖尻ターミナル。




浜から見上げる冠ヶ岳(かんむりがたけ。1409m)と箱根最高峰の神山(かみやま。1438m)。あのあたりの(ハイキングコースという名の)登山道は噴火活動の影響で2020年現在登山禁止エリアとなっており、歩くことができない。




浜辺を進んだ奥で林道(駐車場の先あたり)へ上がる。









先へ進んでいくと、浜に下りる踏み跡が付いている。




「七里ヶ浜」という札の立てられた小さな浜。









金時山。




標高およそ730mの芦ノ湖畔は、今まさに紅葉のピークを迎えようとしている。




湖尻峠分岐。




湖尻港を出発して、まだいくらも歩いてきていない。

湖尻峠から三国山方面は2020年現在、土砂崩れにより通行止め。




湖尻橋・深良(ふから)水門に到着。

時刻は午前10時。早くもコースタイムからかなりの遅れが生じている。写真を撮りながら歩くのだから仕方がない、時間の余裕も十分にとってある、と開き直り。




用水路。




現在の水門(補助水門)。旧水門の補強に合わせて平成元年(1989)に新設された。




沿革の案内。

深良水門は静岡県裾野市(旧駿東郡深良村)の側の利水のために設けられた水門。深良用水が完成したのは江戸時代前期の寛文十年(1670)であり、箱根山一帯は小田原藩の領内だった。とはいえ、芦ノ湖は神奈川県にあるのに水利権は現在も静岡県側にある。

明治29年(1896)には水利権をめぐり干ばつに見舞われた箱根側の住民が湖尻水門の位置にあった甲羅伏を破壊して水を早川に流そうとする事件が発生(逆川・さかさがわ事件)。裁判は大審院までもつれ、甲羅伏の破壊は有罪とされて決着した。参考「改定新版 箱根を歩く」
江戸時代に深良村の側が先に見てきた湖尻水門の位置に設置した甲羅伏は、芦ノ湖の水が豊かであれば越流を仙石原にもたらして箱根側にも水の恩恵をもたらしたであろう。事実、仙石原側の水利は江戸時代には否定されてはいなかった。そして江戸時代までは深良、仙石原のどちらにとっても水利とは田畑の用水のことであって、あとは杵搗きの水車小屋に用いる動力程度がせいぜいであっただろう。しかし明治以降、様相は一変した。仙石原への酪農の入植者が新規の住人というのであれば、明治近代国家における新たな水利権の概念もそれまでの想定を超えた新たなる事情であることは同様である。そもそも水力発電を想定した水利権など近代産業における水利権の概念は江戸の世には存在しなかったものであり、明治以降に産業革命で先行する欧米の法体系が法律学者によって欧米から移植されたことで突如出現したものである。深良側の水力発電計画も水力発電自体が関東では箱根湯本・吉池旅館で明治25年(1892)に始まったばかりの目新しいものであって当時の住人にとってはあずかり知らぬ話であっただろう。明治以降、深良用水に流れる水が江戸時代の想定を上回るようになって甲羅伏の越流が全く無くなれば早川の最上流である仙石原の住民にとっては死活問題だった。そうした状況下で逆川事件は起こり、甲羅伏の損壊という刑法犯の犯罪事実認定の前提として深良側に欧米の概念に倣った(それまでの日本では想定されなかった)水利権の存在が認定されたのだろう。

とはいえ、激烈な気候変動に大きく左右される自然環境や多種多様な水利権の活用の在り方をめぐる社会環境が大きく変化している現代社会の中で、一つの古い判例が利害関係者を拘束し続けることの合理性は別途考えられなければならない。訴訟社会のアメリカであれば時代背景の異なる古い判例の合理性を問うために訴訟が提起される案件であろうが、ここは日本。ことを必要以上に荒立てたくないという思いの中で既得権の主張が絡む問題を調整していくことの難しさを垣間見る思いがした。




石造り鉄扉の水門は明治43年(1910)に改築されたもの。




こちらは平成元年(1989)に補強工事が施された。




開放された水門からは勢いよく水が流れている。




湖尻橋から見下ろす、水路のトンネル。

全長1300mにも及ぶ隧道は神奈川と静岡の両側から4年がかりで掘り進められ、わずか1m程度の誤差でぴたりと結合した。何はともあれ、江戸時代前期の日本における優れた土木技術の結晶は、江戸期の箱根外輪山のすそ野で干ばつに苦しんでいた民に芦ノ湖という自然が与えてくれた膨大な水の恵みをもたらした。


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