令和二年(2020)1月下旬、冬晴れの大磯丘陵を西から東へと歩く。
スタートは神奈川県二宮町(にのみやまち)・吾妻山公園。富士山を背景に早咲きの菜の花が咲き競う吾妻山に登る。
吾妻山(136m)からは中里口に下りて「みかんの花咲く道」を歩き鷹取山へ向かう。
鷹取山(219m)からは「関東ふれあいの道」を下って丘陵を歩き万田(まんだ)滝坂公園そばの湘南平登り口へ。
湘南平(しょうなんだいら。千畳敷、泡垂山・あわたらやま。180m)からは尾根を歩いて高来神社(たかくじんじゃ)から大磯駅に戻る。
4.万田滝坂公園から湘南平へ
大磯丘陵めぐり歩き。万田滝坂公園から湘南平に登る。万田からのルートはやや急な、登山道らしい雰囲気。山頂レストハウスの展望台からは丹沢から伊豆半島までの山、湘南の海が一望のもとにある。


万田自治会館の前に立つ、湘南平への道標。


万田滝坂公園は自治会館のすぐ隣。


道標に従い、湘南平へ向かう。時刻は午後2時過ぎ。


山道手前の道標はハイキングコース「湘南平・霧降り渓流のみち」の道標と「至湘南平」と手書きされた道標の二手に分かれている。
「湘南平・霧降り渓流のみち」のほうは上万田バス停、湘南平富士見バス停、「高麗山公園子供の森」を経由する車道歩きのコース。そちらへは進まずに手書き道標の山道(高麗山公園ハイキングコースマップ・Cコース)を行く。




登山道らしさのある山道。


さして高度を上げないまま谷戸に沿ってゆく。




いったん舗装路に出る。


この舗装路を画面右奥へ進むと、先ほど通過してきた西小磯の海側へ抜ける道(「霧降り渓流のみち」分岐道標〜特養ホーム「高根台ホーム」前〜万田滝坂公園)に出る。


舗装路を進む。


ガードレールの切れたところを下りていく。


沢に渡された鉄板の橋。


注意を促す看板。倒れていたので立て掛けて撮影。


山道を登っていく。




ある程度まで登れば、あとはなだらかな山道。


途中で右手から道が合流してくるが、道標は見当たらない。
こちらは現在(2020年1月)通行止めとなっているDコース(赤坂第二公園)のようだ。山頂から万田に下山する際は間違えてこちらに下らないように注意したい。


山頂に到着。


道標。




ガードレールの切れ目から車道に出ると、大駐車場。


湘南平(しょうなんだいら。泡垂山・あわたらやま、新編相模国風土記稿では泡多羅山。地理院地図では千畳敷)から高麗山(こまやま)へと連なる尾根は「高麗山公園」として整備されている。平塚駅北口からの路線バス(神奈中バス平35湘南平行き)もここまで登って来る。
小学校の遠足以来の湘南平。自分にとって湘南平という名は子供の時分の懐かしさ、郷愁をそそる響き。とはいえ、当時テレビ塔から眺めたはずの風景などの記憶は全く残っていない。実質、初めてのようなものだ。


展望台へ。


レストハウス。標高およそ180m。


レストハウスの屋上が展望台となっており、360度の大展望が広がる。


丹沢・大山。


先ほど下ってきた鷹取山。


富士山には雲がかかってしまった。


西湘(せいしょう)の海。


大磯の街。


大磯漁港。


平塚の街。


平塚漁港の向こうに江の島、右に烏帽子岩。


茅ヶ崎沖の烏帽子岩は、湘南平からもよく見える。


湘南平のシンボル、テレビ塔。


ランドマークタワー。


大きく広がる県央の街。


南関東を一望。


山頂に建碑された日本山岳界の先駆者、岡野金次郎(1874〜1958)のレリーフ。
岡野金次郎は小島有水(こじまうすい)、ウォルター・ウェストンといった登山愛好家らとともに日本山岳会の創設に力を尽くした。その交友関係を見ると登山家仲間のほかにも詩人の石川啄木、日本画家の今村紫紅、歌人の与謝野晶子、作家の島崎藤村など多岐にわたる。
出身の岡野家は横浜保土ヶ谷の旧家の一族。人生の後半を平塚で過ごした彼の墓は岡野家の菩提寺である東海道保土ヶ谷宿・遍照寺(横浜市保土ケ谷区月見台)にある。
岡野本家は江戸期の岡野新田(帷子川河口)の開発、明治・大正期の常盤園(三溪園と並び称された私有庭園)の開設で知られる。常盤園に隣接する程ヶ谷カントリー倶楽部(日本初の18ホールゴルフ場。現在は横浜国立大学キャンパス)の開場にあたっては浅野、平沼といった横浜の財界人らとともに土地の確保に尽力した。金次郎は、そのような一族の出身であった。
参考「保土ケ谷ものがたり」「保土ケ谷区史」
湘南平から高麗山へ向かう。
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