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横浜・北の森


3.ズーラシア隣接の森から新治・三保市民の森、梅田谷戸水路橋へ

(1)ズーラシア隣接の森から梅田川〜新治里山交流センターへ
(2)新治里山交流センターから新治市民の森へ(ページ中部)
(3)新治市民の森から三保市民の森・梅田谷戸水路橋へ(ページ下部)

1.ズーラシア隣接の森(かつての森)はこちら
1.横浜動物の森公園植物公園(里山ガーデン)はこちら。
2.ズーラシア隣接の森から県立四季の森公園へはこちら。


(1)ズーラシア隣接の森から梅田川〜新治里山交流センターへ




ズーラシア隣接の森の尾根から梅田谷戸(うめだやと)方面へ下りていく砂利道。正面にズーラシア北側駐車場が見える。

谷戸(やと)とは、小山に囲まれた浅い谷を指す呼称。鎌倉あたりでは谷(やつ)、房総あたりでは谷津(やつ)と呼ばれる。




森を抜けて集落へ。
この先でバス停「梅田」に出られるが、バス通りの一本手前の旧道を右に曲がって新治(にいはる)方面へ行く。

梅田谷戸のあたりは梅田川沿いの大きな谷戸を中心として、西側は下流に新治(にいはる)市民の森の旭谷戸(あさひやと)や鎌立谷戸(かまだちやと)など、上流に三保(みほ)市民の森の大谷戸(おおやと)などが延びている。東側は今歩いてきたズーラシア隣接の森に突き上げる谷戸などがある。

昭和54年(1979)当時の北の森周辺航空写真 画像出典・国土画像情報(カラー空中写真)国土交通省。文字加工はサイト管理者。

各所で開発が進み、中心となる谷戸を縦断するバス通りを挟んで市民の森側では東洋英和、創英などのキャンパスが造られ、またズーラシア側でも下流から上流まで宅地造成が進んでいる。

とはいえ、谷戸の原型そのものがなくなってしまうような開発ではないので、ルートをうまくとってそれぞれの森をつなげば、郊外の里山ハイキングを満喫できる。
北の森全体については緑区ウェブサイトに「緑と水の回廊マップ」全体案内図が掲載されている。




少し行くと左手にビニールハウスが見える。




森の緑が濃い、雰囲気の良い道。




やがてバス通りに合流。バス停「坂下」の向こう、梅田川沿いに散歩道が続いている。




周辺の案内図。  案内図拡大版 
三保念珠坂公園の水辺から一本橋メダカひろばまで、こどものあそび場には事欠かない。




梅田川の小川。右手には三保念珠坂公園の土手。

梅田川は源流域に大きな森をいくつも抱えているため、水質がいい。のびのびと水遊びをさせることができる。




神明橋のあたりまで来ると、整備が進んだ梅田川遊水地が見えてきた。














遊水橋から、来た道を振り返る。左の緑地が三保念珠坂公園、右が梅田川遊水地。




プロムナードもそろそろ終わり。突き当りを左手へ。




右奥に新治小学校が見える。




新治里山公園まできた。




地域の旧家である奥津家より寄贈された、旧奥津邸。




表門となる長屋門は、天保9年(1838)築とされる。当初は茅葺であったという。




主屋は平成6年(1994)に、かつての農家の面影を残しつつ建てられた。




晩秋の新治市民の森。









十畳二間続きの、座敷。右手に仏間(仏壇)を配し、床(とこ)は中央にある。床柱(とこばしら)には太い角柱を用い、床脇には地袋(じぶくろ)・違い棚と天袋を設え、付書院(つけしょいん)を配した本格的な書院造。天井は格式ある格天井(ごうてんじょう。格子状に組まれた天井)。欄間(らんま)は書院造において一般的な、筬欄間(おさらんま。細い棒材を縦にびっしりと並べるデザイン)。

近世以前の庶民の古民家ではこのような武家屋敷のような書院造は滅多にないが、そこは現代和風建築ならでは。それでも地方都市ならいざ知らず、大都市部にあってこのようなぜいたくな間取りは一般住宅ではそうそう造れるものではない。









前の庭から新治市民の森が見える。




主屋玄関前から長屋門。




このあたりは大々的に整備された。




管理事務所は新治一帯の総合案内所の役割を果たしている。




新治市民の森の、立体模型。




つどいの家。




つどいの家内部。かなり広く、いろいろなイベントに使用されるよう。




(2)新治里山交流センターから新治市民の森へ




交流センターから新治(にいはる)市民の森・旭谷戸(あさひやと)はすぐそこ。




織りなす農風景。




新治市民の森は、面積67ヘクタール(100m四方×67)。市内最大の市民の森。

旭谷戸から、尾根を越えて鎌立谷戸(かまだちやと)へ向かう。




案内図。  案内図拡大版
とにかく広大なこの森には細かく番号が振られ、森歩き初心者にも不安がないように工夫されている。




こちらは盛夏の一コマ。青々とした、栗のイガ。




夏を彩る、ヤマユリの群落。




こちらはウバユリ。
真夏の森歩きはハチやらヘビやらには十分注意したい。




尾根越えの途中に、大きな竹林。




鎌立谷戸側の車道に出た。かつてはここが農村だったことを思い起こさせる風景が、いい。「ひるのいこい」が、頭に浮かんでくる。

しばらく行くと、谷戸は枝分かれする。池ぶち広場への道を右に分け、左に進路をとり鎌立の奥(かまだちのおく)・常見谷戸(じょうけんやと)へ向かう。









最初の分岐を鎌立の奥へ向かうとすぐ、池が現れる。
野鳥写真愛好家の集う池。ゆったりと、時間が流れる。




翡翠(カワセミ)がいた。

池から分岐まで戻り、今度は常見谷戸へと進む。









常見谷戸はほぼ手付かずの自然が残されている、湧水の豊かな谷戸。
深い湿地の谷戸は確かに耕作には不向きかもしれないが、逆にそれが今では新治市民の森の中でも指折りの源流域空間をつくっている。

この先、谷戸の奥から尾根へ上り、みはらし広場へ。




東の眺望が開けている。左側に青白に塗られた資源循環局都筑(つづき)工場の煙突が見える。中央には超高層ビルが。




新川崎三井ビル。二棟がほぼ重なって見える。隣にはタワーマンションも。

みはらし広場を後に、へぼそへ向かう散策路の分岐を経由して旭谷戸へ下りてゆく。




スギ・ヒノキといった針葉樹の植林がなされているこの谷は、初夏にはシダがびっしりと生い茂る。




旭谷戸の、今度は奥へ。




谷戸田が現れた。
守る会の人々によって、数少なくなった水田がここでは守られている。まだ田植まで間がある大型連休の頃、すでにアオガエルの大合唱が。




真夏の谷戸田。















ここから尾根へ上がり、へぼそ出口へ向かう。

晩秋の新治市民の森歩き。



(3)新治市民の森から三保市民の森、梅田谷戸水路橋へ




新治市民の森へぼそ出口から、左へ曲がると尾根伝いに三保市民の森への道。
右へ行けば、ここからJR横浜線十日市場(とおかいちば)駅はそう遠くはない。

左に進路をとって、三保市民の森を目指す。




車道に突き当たったが、森の外縁は続く。道を横切り、向こうへそのまま直進。左前方の森は横浜創英の敷地。




霧が丘中学校の敷地沿いあたりから、ほんの少しの車道路肩歩きを経て、東洋英和の正門わきから森へ下ってゆく。




大谷戸の奥。




谷道の舗装路を少し上り返して、散策路の入口へ。




三保市民の森案内図。    案内図拡大版
約40ヘクタール(100m四方×40)という広さもさることながら、特筆すべきはその散策路の複雑さ。慣れないと迷ってしまいそうだが、ともかく上がるか下がるかすれば尾根道か谷道のどちらかには出られる。




山林の中腹を縦横に交錯する、プロムナードの道。市内に数ある市民の森の中でも、最長のトレイル(総延長約9q)を誇る。









三月下旬、クルリと巻いたゼンマイのような芽が伸び始めた。




三保市民の森のシダはその種類およそ100種。種類の豊富さは市内有数とのこと。




スギ・ヒノキの谷は、初夏ともなると林床(りんしょう)に透明感あるグリーンのシダがびっしりと生い茂る。




針葉樹主体のこの森は、森の精気(フィトンチッド)に溢れ森林浴の好適地。




どこまで行っても、森、森。




光を求めて、せめぎ合う木々。









シラカシなど、どっしりと根を張る広葉樹の大木にも、ときおり出会う。














登ったり、降りたり。




山歩きの気分。




散策路は複雑なので、森林管理作業路にうっかり入ってしまわないように注意したい。




あたりを見渡せば、道標は割とすぐに見つかる。









以前の写真と比べてみる。




森の尾根筋には、尾根道。ソメイヨシノが多数植樹され、公園のような趣き。ここは近隣の人々の憩いの場でもあり花見のシーズンともなると多くの人で賑わう。

しじゅうからの広場を過ぎて導水路と合流するあたりから、公園のようだった尾根道は一転して森歩きの装いとなる。









川井鶴ヶ峰導水路の、コンクリート水路。水路をたどると、梅田谷戸(うめだやと)水路橋の上に出る。




ハナモモの丘に出た。









ソメイヨシノも。




解説板。




導水路は水路橋となって、先へ向かう。




一方の、谷道。




大谷戸沿いの、のどかな道。




三保平。




三保市民の森は、市が展開する「市民の森」事業の中ではごく初期となる昭和47年(1972)の開園。なかでも30ヘクタールを超えるような大規模のものは三保が初めてであった。ただ、その後の道のりは決して平たんではなかった。

当時の行政の事業に対する認識と、私財である所有地を市民のためにと貸し出す森林所有者の認識との間の温度差は、10年経過後の最初の更新時に所有者側が更新を拒絶し森が一時閉鎖となる事態となって、表面化した。そのきっかけとなったのは当時の一部利用者のあまりに低いモラルであった。私物であるかの如く、植林されている樹木を切ったり剥いだりして傷つける、隣接する農地の農作物を荒らすなど、心無い利用者の存在は森を提供する所有者側の「市民のために」というモチベーションを著しく押し下げた。参考・「緑区の記録2上下・みどり新聞創刊20周年記念」

そもそも横浜市における「市民の森」事業は、いわば窮余の策であった。
昭和20年(1945)の敗戦後、焦土と化した日本は復興への道を歩み出すが、横浜市に関しては他の大都市と異なり都市の心臓部ともいうべき旧市街地・港湾の大半が局地的にではなく広域的・継続的に占領軍に接収されてしまった。ポツリポツリと接収が解除され始めるだけでも昭和27年(1952)を待たねばならなかった。その結果、単に戦後復興のスタートが大幅に遅れただけでなく、都市機能を喪失した旧市街から接収により土地を失った事業者・資本が次々に流出、市の財政基盤は脆弱化した。
加えて高度経済成長に沸く東京の膨張にともない昭和30年代以降、既存の鉄道沿線で郊外丘陵部の宅地開発が始まる。昭和40年ごろには田園都市線や根岸線など新線が開通、大手資本等による郊外丘陵部の宅地開発は拍車をかけていった。
森林・農地であった郊外の宅地化に伴う道路・水道・学校・その他もろもろの膨大な都市基盤整備をいわばディベロッパーから一斉に押し付けられた格好の市は、接収から還ってきた旧市街の整備・発展のための財源にも窮し、緑地(公園)を確保するための予算どころではなかった。「市民の森」は、そうした状況下で消滅する一方の緑地をいかに確保するか、という問題をクリアするために取られた方法であった。

現在はこうして市内各所で「市民の森」事業は順調に育ち、森の利用者はその恩恵にありがたく浴している。しかし、そうなるまでには行政、市民の意識をいかに改めていくかの長い道のりがあった。
「市民の森」は公園ではない。民間所有地が厚意で利用に供されているに過ぎない。散策のできる森としての拠り所は、意外と脆い。利用者のモラルが大切なのは公園と同じではあるが、「市民の森」は、森の存在自体が開発によりあっさりと失われてしまうリスクを孕んでいる。経済的利益よりも使命感を以て事業に協力されている人々の思いを、利用者としては心に留め置いておきたい。




三保市民の森バス停は、ここからすぐ。相鉄(そうてつ)線鶴ヶ峰駅行き、JR横浜線・市営地下鉄グリーンライン中山駅行きのバスが出ている。

歩きの最後に鉄道駅に出るようにしたい場合は、ズーラシア側から下りてきた後、ここまでのルートの逆をたどって三保市民の森から新治市民の森へ回ると、JR横浜線十日市場駅を利用できる。




三保市民の森バス停から梅田バス停の間に、春爛漫な山がある。ただハナモモは木を若返らせるためだろうか、切られている。数年後に期待。




2008年当時。まさに春、山笑う。





三保市民の森バス停から川井宿・鶴ヶ峰駅方面に少し行くと、先ほどの水路橋が見える。




この橋は、梅田谷戸水路橋(うめだやとすいろきょう。全長228m。橋脚の高さ20m。昭和27年(1952)完成)。川井浄水場と鶴ヶ峰浄水場を結ぶ横浜水道川井鶴ヶ峰導水路上に、三つあるトレッスル橋(複数のやぐらで橋げたを支える橋)のひとつ。

あとの二つは、ここから下流側にある鶴ヶ峯中学校そばの鶴ヶ峰水路橋(全長72m)と、上流側にある、若葉台団地入口の大貫谷戸水路橋(おおぬきやとすいろきょう。かながわの橋百選。全長306m)。



こちらは大貫谷戸水路橋。







あまりにも長大なため、全体像を捉えるのに苦労する。


導水路が敷設された尾根をえぐる梅田谷戸の鞍部(あんぶ)は、長さが293m、深さが31mある。深さについては大貫谷戸よりも若干深い。この鞍部をまたぐように鉄橋が架けられている。

データは「横浜水道百年の歩み」(昭和62年(1987)横浜市水道局発行)より。




下から仰ぎ見たこの威容は、かつて日本一を誇るも今は失われてしまったJR山陰本線・余部鉄橋(あまるべてっきょう。兵庫県香美町(かみちょう。旧香住町))にそっくり。あちらの赤に対してこちらは緑と色こそ違えど、まるでミニチュア版のよう。余部観光協会のページ(外部サイト)




川井コミュニティ広場の高台から、三保市民の森側を望む。




この先、導水路は先ほど歩いた三保市民の森の尾根から分かれて、大貫谷戸の鞍部を大貫谷戸水路橋でまたいで川井浄水場へ向かう。




反対側は、ズーラシア繁殖ゾーン(非公開)。ときおり獣の声が遠く響く。導水路はその脇を抜けてズーラシアを縦断し、ふるさと尾根道から鶴ヶ峰浄水場へ向かう。
導水路内の水は、ごくわずかの緩やかな傾斜を鶴ヶ峯へ向け流れ下ってゆく。


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