平成29年(2017)11月最初の週末、小田原合戦(天正18・1590)の舞台となった石垣山一夜城とその周辺を訪ねて歩く。
1.早川駅から魚籃大観音、早川のミカン畑農道を石垣山一夜城へ
JR早川駅(神奈川県小田原市)から関白秀吉の石垣山一夜城へ、ミカン農道を登っていく。歩き始めに電車の車窓からも見える魚籃大観音へ立ち寄る。


JR東海道本線早川駅のホーム。そびえ立つ観音像が見える。


早川駅。標高およそ10m。石垣山一夜城へは駅から40分余りだが、先に観音さまに立ち寄っていく。時刻は午前11時20分ごろ。


駅前の国道を小田原駅方面へ進み、早川港バス停のあたりで左手の小さなガードをくぐる。


この先至るところに見られる案内板。


魚籃観音への案内板。


大観音を祀る、真言宗薬王山東善院。
案内によると東善院は室町前期から中期に差し掛かる頃となる応永22年(1415)の開創で薬王山東善密寺と号し、地区の鎮守である紀の宮神社(現在の紀伊神社)の副別当(社務を管理する職)であった。薬師如来を本尊、魚籃観音(ぎょらん かんのん)を脇仏として祀る。
魚籃観音は三十三観音の一つ。像の姿としては魚籃(魚を入れる籠)を持つもの、大魚に乗るものがあるという。
この観音さまは仏が乙女の姿を借りて魚を売りながら仏法を説いたという故事に由来し、豊漁・海上安全を祈念して祀られる。小田原早川周辺もまた中世の頃から漁業が盛んだったのだろう。


魚籃大観音。


「建立の由来」によるとこの像は昭和57年の建立、総高13メートル。


大観音の前から相模灘を見下ろす。


大観音の裏手を新幹線が疾走してゆく。
東善院を後にして案内板まで戻り、石垣山城址へ。


城址への案内板。ここから石垣山一夜城歴史公園までは30分余り。


このルートは石垣山のミカン畑を城址へと登っていく幾つかの農道のうちのひとつ。関白農道、関白道(かながわの古道50選)などと呼ばれている。
城址へのメインルートとして案内されている石垣山農道の方は幅員がやや広く「一夜城ヨロイヅカファーム」を訪れる観光客を始めとして行き交うクルマの通行量がとても多いが、こちらは道幅も狭く静かなハイキングを楽しめる。


季節はまさに蜜柑のたわわに実る頃。


振り返れば相州の霊峰、大山(おおやま。1252m)。


ミカン畑越しの大山。


収穫されたミカンを運ぶモノレール。
小田原を始めとする足柄地区はミカンの一大生産地。20,000tを超える大規模な生産地としては北限となっている。早川は「小田原みかん」の産地の一つ。


眼下に広がる、相模の海。


広い車道の農道を横断する。この横切っている車道が「ウォーキングトレイル・Bルート」となる。


石垣山一夜城歴史公園に設置されているウォーキングトレイルマップ。 拡大版
赤線の加筆はサイト管理者。加筆した赤線が現在歩いているルート。メインルートとなる石垣山農道は「Aルート」。


眼下に広がる大山と大磯丘陵(曽我丘陵)、足柄平野に広がる小田原の街。


そして大海原。


色づく里山の木々。


クルマの行き交う石垣山農道に合流。


石垣山農道ルートには下から上まで道に沿って合計8枚の武将案内板が設置されている。
武将ではないけれど、淀殿はやっぱり外せない。


石垣山農道はクルマがすれ違える幅員のある農道だが、路肩は狭い。


下から数えて一番最後となる武将案内板は石垣山城の主、豊臣秀吉。


石垣山城址に到着。左手には駐車場とスイーツ・レストラン・マルシェの店「一夜城ヨロイヅカファーム」があり、人出でにぎわっている。
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