平成28(2016)年6月中旬の週末、神奈川県大和市「泉の森・ふれあいの森」を歩く。
「泉の森」「ふれあいの森」は、引地川(ひきちがわ)の源流部に広がる森。広さは泉の森とふれあいの森を合わせておよそ50ヘクタール(100m四方×50)。
引地川は泉の森の源流から藤沢市の鵠沼海岸(くげぬまかいがん)へと注ぐ延長およそ21qの河川。引地川の下流には緑道が整備され、河口からは江の島を正面に望む。
鉄道利用ならば小田急・相鉄線大和駅からプロムナード(相鉄線地上部跡地)を経てふれあいの森の側から歩く。国道246号からであれば「ふれあいキャンプ場」への進入路から郷土民家園の脇を通って「しらかしのいえ」手前の駐輪場(第一駐車場のそば)を利用できる。
1.泉の森
泉の森(大和市)は引地川の源流部に広がる森。水源の池は県企業庁の水源地として管理されている。園内には江戸中期、末期の特徴がそれぞれに見られる古民家が市内他所から移築されている。まとまって保全されているシラカシ林はこの地域の本来の植生。


森の中に設けられた駐輪場に自転車を停め、森の散策へ。


案内板 拡大版
泉の森はおよそ42ヘクタール。そのうち国道246号の北側は水源涵養林となっている。


山小屋風の「自然観察センター・しらかしのいえ」。


「緑のかけ橋」。


谷戸(やと)を跨ぐ大きな木橋。




泉の森のシンボルでもある緑のかけ橋は、我が国最大の木造斜張橋とされる。
参考「かながわ土木のはなし」2007年発行


ハナショウブが植栽された湿性植物園。


ふれあいデッキ。


しらかしの池。


水車小屋。


源流の森へ。


国道246号の高架下をくぐる。








県企業庁の大和水源。
地域で活動している「引地川 水とみどりの会」のサイトによると、この水源は湧水量の減少により現在では運用を休止し緊急用として管理しているとのこと。


源流部の散策路は、なだらかな森のなか。


平坦に開けた、明るい森。


ヒノキの仲間、椹(サワラ)の木。ヒノキによく似ていて区別がちょっと難しい。




森の最奥は、「森のはらっぱ」。


空には野鳥がチュンチュンとさえずっていようか、野辺にはドクダミの花盛り。


「山野草の小径」へ。


ムクノキ(左)とエノキ(右)が並んで立っている。比較的暖かい地域で育つこれらの木は、いずれも大きく成長すると根元に板根(ばんこん)が発達する。


散策路から見下ろす、水源の池。周囲の都市化が進んでいる現在、この池に流れ込む谷戸の湧水(絞り水)の量は減少しているという。




大きく根を張る、ケヤキの大木。


野鳥観察デッキからの大池。


再び246をくぐり、郷土民家園へ。くぐってすぐ、右手の土手を上がる。


クヌギの森を抜けていく。
クヌギは里山で育てられる代表的な木。燃料の薪や炭とするために切っては育て、が繰り返されてきた。現在でも老木だけになってしまわないように森の管理の一環として定期的に伐採(萌芽更新)が行われている。


ふれあいキャンプ場。


大和市郷土民家園へ。


旧小川家主屋。市内の上和田地区から移築された。


寄棟造(よせむねづくり)のこの古民家は江戸時代中期(18世紀)の築とされ、大和市内に残る最古の住宅。


土間(ドマ、ダイドコロ)には、復元された竈(カマド、ヘッツイ)。


土間の屋根裏。太い梁が見える。


広い板の間(ザシキ)には囲炉裏が切られている。左奥は寝室(ヘヤ。ナンド)。


板の間の右奥には、寝室に並んで畳敷の間(デイ。オク)が見える。


畳敷の間。この建物で最も格式の高い部屋であるが、床(トコ。床の間)は設けられていない。壁に囲まれ解放感に乏しい造りは、古い時代の古民家によく見られる。


畳敷の間にも天井は張られておらず、質素な造り。


土間と板の間を隔てる欄間(らんま)にあたる部分にはすのこ状の竹が張られている。


続いて、旧北島家主屋。市内の下鶴間地区から移築された、江戸時代末期の建築。


こちらは入母屋造(いりもやづくり)で、片側を切り落としたカブト屋根になっている。カブト屋根は屋根裏部屋の通風や採光をよくするための造り。屋根裏を蚕室とした養蚕農家によく見られる。


縁側がめぐらされている。


広い土間(ドマ、ダイドコロ)。左手には板の間(ザシキ)、その奥に勝手(カッテ)。


土間の頭上には太い梁が見え、屋根裏部屋にすのこ状の床板が張られている。


屋根裏部屋。


この時代になると、板の間にはお勝手(炊事場)が半ば独立した形で造られるようになった。


勝手の隣り、板の間の囲炉裏。


板の間の奥には畳敷の座敷(オク。デイ)や納戸(ナンド。ヘヤ)。


座敷には床(とこ)が造られている。床脇(とこわき)は引き戸を付けた物入れになっている。


座敷と納戸の境。欄間ははめられていない。


畳敷の納戸はこの時代まで下ってくると、開放感のある造りになっている。


時代が下って来たものの、畳敷の奥の間にも天井板は張られていない。屋根裏部屋のすのこ状の床板と、床板を支える根太(ねだ)が見える。座敷、納戸と板の間の境は、欄間のあたりが塗壁になっている。


古民家園を後にし、泉の森からふれあいの森へ向かう。


アジサイ。


ハナショウブ。


しらかしの池の、展望デッキ。


シラカシ林に立つ「かながわの美林五十選」の標柱。


シラカシ林は相模野台地における元々の植生。この自然林は、里山として人の手が加えられる前の姿を今に残す。


調整池の堰。道を隔てて、向こうには「ふれあいの森」への散策路が続く。
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