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境川源流・草戸山から城山湖、津久井城址へ


多摩丘陵北西端・草戸山(町田市最高峰)から城山湖(本沢ダム)へ。

平成26年(2014)11月下旬、津久井の紅葉シーズン到来。
境川源流域・大地沢から町田市最高峰の草戸山(364m)を経て城山湖(本沢ダム)へ。さらに峯の薬師、津久井城山(津久井城址。375m)を巡る。




神奈中(かなちゅう)バス橋本駅北口発大戸(おおと)行(橋25)・大戸橋バス停で下車。標高は177m。11月23日、時刻は朝の8時10分ごろ。

まずは境川源流域・大地沢(おおちざわ)から草戸山(くさとやま)の尾根を巡る。バス停脇の路地から川沿いへ。




県道を横切る。




境川の最上流は清らかな小川。川沿いに広がるのは町田市の生産緑地地区。




画面左へ進めば相模原市・城山湖(しろやまこ)野球場への道。バスは大戸橋バス停から先、このあたりの青少年センター入口バス停にも入ってくる。

町田市・大地沢青少年センターへ、分岐を右に進む。時刻は8時25分ごろ。




谷戸(やと)に広がる茶畑。




お茶の葉に霜が降りるのを防ぐために空気を撹拌する、防霜ファン。









青少年センターの第二駐車場。左手の車道のほか、右手には谷戸沿いの木道が奥へと延びてゆく。




大地沢の施設が描かれたイラスト案内図。

初めに境川源流を訪ね、草戸峠から草戸山へ向かう。




谷戸沿いの木道。




草戸山ハイキングコース(大地沢周回コース)の案内図。 拡大版 




大地沢(おおちざわ)青少年センター本館前へ。このあたりで標高およそ220m。時刻は8時50分ごろ。




本館前に掲げられた案内板。 拡大版 

案内図には大地沢周回コースのほか、城山湖周回コースが描かれている。









源流をめざし、林道を奥へと進む。




周回コースへ上がっていく分岐道の案内図。




大地沢は風水害で大きく荒れてしまったようで、平成23年(2011)や24年竣工の復旧治山工事の護岸が奥まで延びている。




堰堤(えんてい)を越えていく。




境川源流地の標柱。
大地沢に源を発する全長約52qの境川は、中流域に至ると横浜市西部の市境に沿って南下、やがて相模湾・江ノ島の片瀬西浜に注ぐ。




沢沿いに、もう少し奥まで進む。




滑りやすい岩肌は下って戻るときに危険が伴うのであまり無理をしない方がいい。




草戸峠への分岐まで戻り、ここから峠へ。









周回コースに合流。









青空が開けてくると、草戸峠。




峠に到着。時刻は9時50分。少しずつ間延びしてしまい、ここまでかなりののんびりペース。




北西に高尾山(599m)から無線中継所の建つ小仏城山(670m)へ、奥高尾の稜線が延びていく。




高尾山のすぐ右手、遠景の稜線は中央やや左の三角が東京都最高峰の奥秩父・雲取山(くもとりやま・2017m)、その右が奥多摩三山の御前山(ごぜんやま・1405m)あたりであろうか。
国土地理院二十万分一地勢図(東京・甲府)やらウェブマップの距離計測やらで山座同定(さんざどうてい)してみたのだが、11月下旬のこの時期は真冬の早朝と違って前後の稜線が溶け合ってしまい、同定がちょっと難しい。




草戸峠で小休止したら、草戸山へ。

この稜線は境川水系(相模湾)と多摩川水系(東京湾)の分水嶺。左の大地沢が境川へ。右の榎窪川(えのくぼがわ)は案内川、南浅川、浅川を経て多摩川へ。




ひと登りすれば、もうすぐ山頂。




町田市最高峰、標高364mの草戸山(くさとやま)に到着。時刻は10時10分ごろ。




山頂には山の神の祠。




大地沢周回コースの案内板。 拡大版 

城山湖周回コースは大地沢青少年センター本館前のコース案内のショートバージョン。




高尾〜大戸(おおと)コース案内板。 拡大版 
旧津久井郡城山町(しろやままち)は現在は相模原市緑区。

南高尾と呼ばれるこの山域は、京王線高尾山口(たかおさんぐち)駅、JR高尾駅から思いのほか近い。




城山湖周辺案内図。 拡大版 

峯の薬師・津久井湖方面への概略図も兼ねる。




展望台へ。はなさき休憩所とあるのは城山湖・本沢(ほんざわ)ダムへ向かう途中の休憩所。




橋本(相模原市緑区)の市街地。




左に城山(津久井城址。375m)、右奥に東丹沢前衛の山・経ヶ岳(きょうがたけ。633m)。
経ヶ岳から仏果山(ぶっかさん。747m)、高取山(たかとりやま。705m)へは尾根続き。




10時20分、山頂から城山湖・本沢ダムへ向かう。木段の下り。




大地沢青少年センターへの分岐。
道標は城山湖への途中・はなさき休憩所を記載しているが城山湖への案内も追記されている。

草戸山山頂もそうだったが、都県境のこのあたりは案内の設置主体がまちまち(町田市・相模原市・八王子市・東京都・神奈川県)のため連携がうまくとれていないようだ。山歩き愛好家の方々の手によるものだろうか、適切な補足がなされている。




長い木段の下り。




城山湖の湖面がちらりと見えてきた。




はなさき休憩所。




休憩所から本沢ダムへ向かう道の途中、よい眺望が得られる。ダム堤の向こうに橋本の市街。




晩秋の日差しを浴びてキラキラと光る湖面。









本沢(ほんざわ)ダムの北門。




詳細な道標。




ダム施設は開場時間が限定されており、時間外は閉門される。




北門からダムへ。時刻は10時45分。




本沢ダム(城山湖)は昭和40年(1965)に完成した、水力発電用水の貯水池。神奈川県企業庁による運営・管理がおこなわれている。

満水時の湖面は標高280m。ここより標高の低い城山ダム(津久井湖。満水時の湖面は標高124m)の貯水を電力需要の少ない時間帯に余剰電力で揚水し、夏場の日中など電力需要が増える時間帯に落差153mの水圧管で水を津久井湖底へ落として発電する。

貯水はすべて津久井湖からの揚水で賄われる。水位が激しく変動するという説明はそうした理由によるもの。昼夜で湛水と放水を繰り返すこのダム湖の水位は多いときには28mも変化することがある。




城山湖は谷が尾根に突き上げる最上部、尾根に囲まれたごく狭い範囲をダムで仕切って貯水しており、城山湖に流れ込む沢(水源)はない。
その景観は、渓谷沿いに細長く延びる通常のダム湖とはまた違った趣き。




対岸の紅葉の中に、先ほど歩いてきた山道が通る。右に見える放水口は、大雨などで貯水が万が一限界を超えた時に境川の側へ自然に溢れ出させるようになっている。




ダム堤の頂(天端・てんば)に設けられた展望台。




ダムの構造はロックフィルダム。ダムの芯に遮水壁を設けその周りを岩石で埋めるこの形式は、県内では西丹沢の三保ダム(丹沢湖)でも見られる。
ロックフィルダムはダム堤を支える両岸の岩盤が脆いときによく用いられる方式。

確かにこの場所に重力式コンクリートダム(県内では相模ダム・城山ダム・宮ヶ瀬ダムに見られる形式)を造ったら湖を囲む尾根があまりに脆そうで頼りない。




湖の側は岩石がゴロゴロしている。




草で覆われた、ダム本体の反対側。同じロックフィルダムの三保ダムに見られるようなコンクリートの放流設備(洪水吐・こうずいばき)がこちら側についていないので、小山の土手のようだ。




境川源流域、大地沢(おおちざわ)の森。源流域を含めた一帯の森は大戸緑地と呼ばれ、多摩南部における緑の一大拠点となっている。
大戸緑地として整備開放されているエリアの面積はおよそ19ヘクタール(100m四方×19)。今後の優先整備区域はおよそ48ヘクタールとされている。

緑地は更にその奥、津久井や南高尾の広大な森へとつながっていく。
大戸緑地はここから南東に向かって延びていく多摩丘陵・三浦丘陵の北西端にあたり、関東山地との接点となっている。




本沢ダム表門へ。時刻は11時5分。ここから峯の薬師へ向かう。









正門を出てすぐの、金刀比羅宮。文化元年(1804)讃岐の金刀比羅宮を分祀したのがその起こり。




駐車場側へ。




城山湖を一望する、展望地。「しろやまこ」の文字をかたどった植栽が見える。 拡大版 




城山湖・本沢ダムの案内板。 拡大版 

県内のダムは、宮ヶ瀬ダム(宮ヶ瀬湖)・石小屋ダムを除いたすべてが神奈川県企業庁の所管となっている。発電事業についてはすべて県企業庁が事業主体。県は水力発電事業の一大事業主となっている。
全国30都道府県1市の公営電気事業体の発電規模は合計254万kW。そのうち神奈川は最大の35万kW。城山発電所はそのうちの25万kWを占める。揚水式発電は貯水の用途が発電に特化しているため通常の水力発電よりその規模がけた違いに大きい。公営では城山が全国唯一。

なお、湖の規模でいえば宮ヶ瀬湖・宮ヶ瀬ダムの貯水量(およそ2億t)は他を圧倒し、相模湖・津久井湖・丹沢湖を合計した貯水量を上回る。それは芦ノ湖に匹敵する規模。




揚水発電の仕組み。 拡大版 

城山湖は前述のとおりすべての貯水を津久井湖からの揚水で賄っているため、城山発電所は純揚水式発電所と呼ばれる。
ロックフィルダムが揚水発電所用の調整池ダムとして築造されたのは我が国では初、当時は世界的にも稀とされた(なお現在では電力各社によって出力にして城山の5倍前後の規模をもつ巨大な揚水発電所が各地に造られている)。
これほどの規模の揚水式発電所が昭和40年(1965)という時代に建設されたのは、首都圏という電力の大消費地に特有の事情があった。

昼の膨大な電力需要に対応するために火力発電所などで発電される電力は、夜間でも発電の出力調整ができないため大量の余剰電力が生じてしまう。そのため余剰電力を有効に消費する必要性が生じ、大規模揚水式発電所の建設が強く要請された。そうして誕生したのが城山発電所であった。 

参考文献・かながわ土木のはなし。


案内板を後に、峯の薬師への道に戻る。時刻は11時20分。




城山発電所建物の屋根越しの眺め。 拡大版 

眼下に津久井湖。対岸には城山(津久井城址)。奥には東丹沢前衛の山々。更にその奥には大山、三ノ塔。




車止めの向こうに散策路の続き。


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