文字が読みづらいときはショートカットキーでの拡大をお試しください。

[Ctrl]を押しながら[+(;れ)]で拡大。
[Ctrl]を押しながら[=(−ほ)]で縮小。


横浜・北の森


1.ズーラシア隣接の森(横浜動物の森公園植物園予定地)

ズーラシア隣接の森と、周辺の森へつながる道をめぐる。

長らく里山の景観を残し続けてきたズーラシア隣接の森は、一年半に渡る森の整備期間を経て「全国都市緑化よこはまフェア 里山ガーデン」がオープン。都市緑化フェア(平成29年(2017)3月25日〜6月4日)の終了後は、引き続き植物公園としての整備が進むことになっている。
横浜動物の森公園植物公園(里山ガーデン)はこちら。

このページでは、かつての森の姿に「里山ガーデン」オープン直前の画像を絡めて紹介する。

相鉄・鶴ヶ峰駅からふるさと尾根道ルートを経てズーラシアまではこちら。




よこはま動物園ズーラシアは横浜動物の森公園の一施設。
横浜動物の森公園はズーラシアと植物園予定地の森からなり、総面積100ヘクタール(100m四方×100)を超える。完成すると市内最大の公園となる。




右手に見える森は広大な北の森の一部をなす尾根道。

北の森とは、横浜市北部の緑区・旭区に広がる広大な緑地の総称。円海山(えんかいざん)・大丸山(おおまるやま)を核とした横浜市南部の南の森と対をなす。もっとも、北の森、南の森という呼称は自然散策マニアの呼び方かも知れず一般的とは言えない。

北の森・・・横浜動物の森公園(ズーラシア+隣接の森)、四季の森公園三保(みほ)市民の森、新治(にいはる)市民の森、新治里山公園など。
南の森・・・瀬上(せがみ)市民の森、氷取沢(ひとりざわ)市民の森、金沢市民の森釜利谷(かまりや)市民の森、能見堂(のうけんどう)緑地金沢自然公園横浜自然観察の森など。

南北いずれも50ヘクタール(100m四方×50)前後の大きな森をいくつも抱え、合計250ヘクタールを優に超える広大な森である。
北の森については、緑区ウェブサイトが「緑と水の回廊マップ」として全体の案内図を掲載している。
南の森については、横浜市ウェブサイトに「横浜つながりの森」の散策マップが掲載されている。




ズーラシア入場ゲート(正門)。路線バスが発着する。




さらに先を進むと第一駐車場の入口。




森の入口に向けてひたすら歩く。




歩道が切れて白いコンテナが置かれているところにきた。ここがズーラシア隣接の森の入口。ちょっとした秘密の入口のよう。




開閉式フェンスの入口。




四季の森公園や梅田谷戸・三保市民の森・新治市民の森方面からズーラシアへやってきた人は森歩きをしながらズーラシアに入ることができる。


なお、フェンス入口から画面奥の方向、今来た道を戻る方向へ山道を行くと、先ほど見上げた森の尾根道へと続いてゆき中原街道へ出ることができる。中原街道方面への尾根道は車道(歩道)に接近するところもあるが、フェンスに遮られ歩道には出られないので注意。



しばらく進むとやがてクヌギやコナラ、シラカシなどを主としたなだらかな尾根道が中原街道方面へ続いてゆく。秋はドングリのじゅうたんに。


 
一方、ズーラシア沿いから離れていく山道は、ヒノキなど針葉樹主体のすっきりした道。特養ホーム(かつての白峰ゴルフショートコースの場所)のすぐ横を抜けると、ひかりが丘団地の外周道路から四季の森公園西口へと至る。






こちらの画像は「里山ガーデン」オープン直前の新しい画像。




フェンスの入口付近は大差はないが、里山ガーデンが造成される方面は工事期間中の立ち入りができなくなった。

そのため、こちらのフェンス入口から特養ホーム・ひかりが丘団地方面に延びる道が、ズーラシア北門側と「西ひかりが丘」バス停・県立四季の森公園西口側とを結ぶ迂回路として利用されている。こちらは慣れない人にはわかりにくい山道ゆえ道案内がたくさん張られている。




ズーラシア正門〜北門の車道に沿って里山ガーデン方面へと向かう森の散策路は通行止め。


以下はかつての森の姿。




ズーラシア隣接の森の散策路。

この先が里山ガーデンとして造成されているが、フェンスの入口付近は里山のまま保全されるようだ。




フェンスの入口まで歩いてきた車道に沿って、さらに奥へと延びていく散策路。




森の尾根道。

この森一帯は、かつて「都筑(つづき)の森」と呼ばれていた。都筑とは、旧都筑郡のこと。現在の都筑区は、旧都筑郡のほんの一部。
横浜動物の森公園という名称も、計画がスタートした当時はまだ都筑区が誕生していなかったので、(仮)都筑自然公園、とされていた。




一段低い尾根道に案内板が見える。

(このあたりは造成後に「里山ガーデン」正面入口となる。)




この森一帯は「創造と森の声」という活動の場となっていた。




森の案内図。
ここまで、ズーラシア側(地図下で途切れている道。入口と書かれていない方)から道をたどってきた。

杉の谷と書かれている先、L字型に右に延びている道は、中堀川源流域の谷戸沿いの道。地図右(東)の先に、四季の森公園西口がある。
地図の左下、三角の道は左(西)方向へ行くと、梅田川・三保市民の森・新治三保市民の森方面に出られる。


平成27年(2015)にはズーラシアに「アフリカのサバンナ」ゾーンが完成、ズーラシアはいよいよ全面開園の運びとなった。
上図の「ズーラシア方面からの入口」そばにあるズーラシア北門は混雑時に加えて土日祝日にも開門するようになり、週末に限って言えば四季の森や梅田谷戸方面から森歩きをしながらズーラシアに入る人たちには便利になった。
また、各駅からの路線バスも北門開門時には北門まで乗り入れるようになった(ただし降車専用)。




一段低い尾根道は、画面右奥へは抜けられない、と画面に見える古い看板に書かれている。




看板の先、車道に出て右手はズーラシア北門側駐車場となっており、その先車道は行き止まりとなっている。

画面の手前側へ山道を進めば梅田谷戸への分岐に至る山道となっていた。




梅田谷戸へ下りていく山道。右手奥への山道はかつてのイベント広場へと続く道。



ここまで、かつての森の姿。案内板付近のあたりは「里山ガーデン」正面入口として造成され、すっかり姿を変えた。




開閉式フェンス入口からそのまま車道を先へと進み、「里山ガーデン」正面入口(ズーラシア北門近くの入口)まで来た。このあたりが、かつて「創造と森の声」により設けられていた森の案内板の「ズーラシア方面からの入口」付近となる。




すっかり都市公園の装いになった。




工事の告知。




工事期間中、ズーラシア隣接の森から三保市民の森・梅田谷戸・新治市民の森へ抜ける山道は封鎖され、図中の青い矢印をたどって大きく迂回するようになっていた。




里山ガーデンの計画図。

ズーラシア北門側駐車場は行き止まりとなっており、その奥に抜ける車道はない。




かつて私有地で立ち入ることが出来なかった農地(「樫の森」の南側)は「横浜の花で彩る大花壇」になっている。そして農地の南側の竹林に「森の空中散歩道」が造られている。中堀川源流の谷戸(杉の谷の北側)は「生物多様性ゾーン」として保全されているようだ。

「想像と森の声」が活動していたイベント広場の辺りは「グランピングサイト」として整備され、地形図には載っていなかった山道の通る森(朴の丘・ほおのおか)のあたりが「フォレストアドベンチャーよこはま(期間限定)」のエリアとなる。
「創造と森の声」の活動は里山の残る「保全林」のエリア(開閉式フェンス入口から奥の森)に移転した。




ズーラシア北門の最寄となる「よこはま動物園北門」バス停。




ズーラシア北門側駐車場(黄色いエリア)造成工事が行われていた頃の、散策路通行止めの告知図。地理院地形図に載っていた山道など(散策路)が橙色で示されている。


画像は再び、かつての森の姿をたどっていく。




森の案内板の前から一段高い尾根に戻る。




前方に見える道標に従い右へ行くと、先ほどのズーラシアのフェンス入口に戻る。ここは道標の位置から左へ進み森の奥を目指す。




右手奥が開けてきた。




開けてきた一帯は民有の農地。残された原風景、といった趣き。

(「里山ガーデン」の開園後はここが「大花壇」になる。大花壇はフェアの終了後も植物公園として残るようだ。)




農地のゲートの向こうに広がっていた、春の菜の花畑。




夏の農作物。




尾根を緩やかに下っていく。




谷戸(やと)に出た。

谷戸とは、小山に囲まれた浅い谷の呼称。同じ地形を鎌倉あたりでは谷(やつ)、房総あたりでは谷津(やつ)と呼ぶ。

この谷戸は、中堀川(なかぼりがわ。帷子川(かたびらがわ)の支流)の源流域の谷戸になる。
谷戸沿いに進んでいく。




豊かな自然を感じられる一画だ。

(この谷戸は「生物多様性ゾーン」として残される。)









進んでいくとやがて小広く開けてきた。




谷戸の奥を振り返る。









森の広場。さきの「創造と森の声」もこの辺りから奥にかけての広場で活動していた。

ここから東へ向かえば四季の森公園へ。西に向かえば梅田谷戸から三保市民の森・新治市民の森へ。
まずは四季の森方面へ進む。




先ほどの谷戸が右に曲がって続いている。舗装農道が通っている。




やや乾燥が進んでいる谷戸だが、大雨が降れば湿地帯になる。
湿地から少しずつ遷移しているため灌木が目立つが、夏にはまだまだアシ(ヨシ)が生い茂ってアシ原になる。




かなり昔は谷戸田の耕作が行われていた。スロープはその名残。湿地ゆえ夏草が生い茂るころには、マムシでも出そうだ。むやみに足を踏み入れるのは、咬まれそうでちょっと怖い。

(このあたりは里山ガーデンの開園後は「谷戸の菜の花畑」になる。)




谷戸のいちばん下流側奥は擁壁で遮られている。このあたりまで来ると灌木もほとんど見られず、夏には広大なアシ原湿原が出現する。




初夏のアシ原。ホトトギスの「トッキョキョカキョク」という鳴き声も時おり響く。

(こちらは「谷戸のカキツバタ園」となる。)









擁壁の上はひかりが丘団地。大規模造成でかさ上げされてつくられた。

突き当りの擁壁につけられたコンクリート階段を上がっていくと、四季の森公園への案内板がある。団地を横切るなり道なりに迂回するなりすると、四季の森公園の西口広場にすぐにたどり着く。
四季の森公園西口広場はかつての尾根筋の名残りといえる。西口広場から下りていく長い木段は、尾根の反対側の谷戸へ通じる地形を利用したつくりとなっている。

昭和54年(1979)当時のズーラシア隣接の森周辺航空写真 画像出典・国土画像情報(カラー空中写真)国土交通省。文字加工はサイト管理者。

なお、ひかりが丘団地の中原街道側入口そばにある上白根(かみしらね)大池公園は今では池はなくなってしまったが、その昔は灌漑用のため池があった。

ため池周辺の谷戸から集まった水を利用して中堀川の途中に灌漑用ため池が造られ、池の水はそのまま中堀川へ注いでいた。中堀川は白根の谷戸沿いを蛇行しながら流れ下ってゆく。現在暗渠化されている白根通りに沿った区間(白根小学校下〜白糸の滝上流の斉藤橋)は直線の堀割であったが、その区間は江戸時代の宝永年間、富士山の爆発があったころに下白根村の名主が直線的に改修した区間である。

現在、この谷戸は団地により分断されてしまっているが、地下に浸透した水はやがて下流のどこかで地上に湧き現在も中堀川の流れの源となっている。


2.ズーラシア隣接の森から県立四季の森公園へ




こちらは「里山ガーデン」開園直前の様子。このあたりが「里山ガーデン」東入口(「西ひかりが丘」バス停側入口。相鉄バス鶴ヶ峰駅〜ひかりが丘団地)となる。

アシ原が広がっていた谷戸沿いの道は、公園整備期間中は立入禁止となった。

どこかで見たような告知看板は、かつて「創造と森の声」のズーラシア北門側入口近くに立てられていた看板。ズーラシアの造成が始まった数十年前に設置されてそのまま残されていたものがここに流用されているため、「横浜動物の森公園建設事務所」ではなく当時の仮称だった「都筑自然公園建設事務所」となっている。里山ガーデンが開園すれば、いよいよお役御免であろう。そう思うとちょっと名残惜しい。




アシ原は公園整備により「谷戸のカキツバタ園」となった。
谷戸沿いの農道は広い舗装道路に姿を変え、ロータリーが造られた。ここ東入口からズーラシア側の正面入口までは結構距離があるため、おそらく子連れファミリー向けの乗り物が運行するのであろう。

谷戸に向かって左手の森一帯はかつては私有地で森の奥への立ち入りが出来なかったが、公園造成に伴って「森の小径」が設けられた。小径は「大花壇」へと通じている。
里山ガーデンが開園するまでは、ここからズーラシア北門へは先の迂回路(青い矢印)を通って開閉式フェンス入口経由で行くことになる。




ズーラシア北門方面への迂回路をたどった先、「保全林」とされているあたり。里山ガーデンの整備が本格的に始まってからは「想像と森の声」の活動の場は旭区域となるこちらに移転している。




森の入口にある車止めの付近。現在は特養ホームが建つあたりは、かつてゴルフのショートコースがあった。
画像はショートコースを潰して特養ホームの造成工事が始まったころに見えた、ランドマークタワー(左)とココロットつるがみねのタワー(右)。現在は視界は遮られている。




ここで迂回路を逸れて、森の入口から森を巡ってみる。




すっかり葉を落として芽吹きの前、3月上旬の明るい里山。




クヌギやコナラといった里山の木々。春の季節になれば林床にはさまざまな山野草が見られ、静かな里山の原風景が広がる。




散策路をたどっていくと、奥に「谷戸の花畑」がちらりと見える。




木立の隙間からは「大花壇」もちらりと見える。









山道をたどる。




「保全林」の山道は国土地理院の地形図にも載っておらず、広い森の中に案内板などは一切ない。かつては地域の人以外に散策する人もなかったであろう、立ち入ることも憚られた静かな森。

この森も「横浜動物の森公園」の予定地となっている。今後は貴重な山野草なども見られる里山の状態を保全しつつ、幾らかの整備が行われるのであろうか。




ぐるりと森をめぐって、迂回路に戻ってきた。




「西ひかりが丘」バス停・四季の森公園西口側(里山ガーデン東入口)とズーラシア北門側(里山ガーデン正面入口近くの開閉式フェンス)とを結ぶ迂回路の山道にはたくさんの道案内が張られている。




一方、里山ガーデン東入口(西ひかりが丘)から梅田谷戸・三保市民の森・新治市民の森への迂回路は、谷戸の外側となる武蔵中山台住宅を抜けていくことになる。




三保・梅田方面へ向かう途中でフェンス越しに谷戸を見下ろす。

手前側は「花の里山」として新たな植栽がなされたばかり。




「谷戸のカキツバタ園」。五月には満開のカキツバタに彩られるであろう。そして六月にはすぐ隣(とはいえ結構歩く)の四季の森公園の谷戸のショウブ園も満開となる。




「谷戸の菜の花畑」。追分市民の森とまではいかないまでも、かなりの規模になりそうだ。


再び、かつての森の画像へ戻る。




アシ原が広がっていた谷戸の奥、かつての森の姿。芝生が広がる「森の広場」から梅田谷戸・新治・三保方面へと進んでいった先。




ちょっとした施設がこさえられた広場。









この辺りはイベント広場として「創造と森の声」のさまざまな催事が行われていた。
広場を後に、先へ進む。




一段高い尾根へ上がる。
この尾根が、中堀川(帷子川水系)と梅田川(鶴見川水系)の分水嶺。




この砂利道を先に進むと、梅田谷戸へ下りていく分岐に続く。




尾根沿いのフェンスの向こうは既に大規模に造成されていた。
梅田谷戸を挟んだ、三保市民の森の尾根の向こうに若葉台団地の頭が見える。




右へ行っても左へ行っても大差ないが、梅田谷戸に下りるには右のほうが若干近い。
左へ尾根をたどって行っても、この先でやはり梅田谷戸へ下りる分岐がある。


さて、ここまでのエリアも公園整備によって大きく姿を変えている。




里山ガーデンの完成直前。武蔵中山台住宅から、かつての森の外周路に入った辺り。

左手の道は、かつての「想像と森の声」のイベント広場から谷戸のアシ原(里山ガーデンの菜の花畑、カキツバタ園)へ抜けていった道。公園工事期間は通行止めとなっていた。




若葉台団地を望む側は造成後にソーラーパネルが設置されている。









かつて森の外周路に沿って広がっていた森は切り開かれ、グランピングサイトが造成された。このあたりは横浜動物の森公園植物公園におけるレジャー施設の中心となる。




新たに舗装路の外周園路が造成され、「東入口(相鉄バス「西ひかりが丘」バス停・四季の森公園西口側)」と「正面入口(ズーラシア北門側)」とを結ぶ。









かつての森の外周路と新たな舗装外周園路は、ここで合流。舗装路の外周園路は画面の奥を里山ガーデン正面入口(ズーラシア北門そば)へと延びていく。

ここから先、右方向へ下りていく砂利道は従来通り梅田・三保方面へと抜けてゆく。




どんどん下りていくと、その先にズーラシアの北側駐車場が見えてきた。分岐を右に折れて、さらに下っていけばやがて集落を抜けてバス停「梅田」のあたりに出る。そこから三保市民の森、梅田川、新治市民の森へと森歩きは続いてゆく。




なお、分岐からズーラシア北門方面へと登る山道は里山ガーデン開園までの工事期間中は通行止めとなっていた。公園整備後は再び通れるようになるであろう。


3.ズーラシア隣接の森から梅田川・新治市民の森・三保市民の森へ  森歩き、山歩きトップへ戻る