まちへ、森へ。

年中行事、祭、イベント

足柄の酒蔵見学

 

寒造りの季節、酒蔵見学会・試飲会に、足柄上郡大井町(あしがらかみぐんおおいまち)の石井醸造を訪れる。

 

 

平成27年(2015)2月上旬。JR東海・御殿場線(ごてんばせん)、上大井(かみおおい)駅。駅舎が向かいのホームに見える。国府津(こうづ)方面のすべてと御殿場方面の多くが駅舎のある向かい側のホームを発着する。

 

現在では一時間に1、2本という御殿場線だが、昭和初期まではこの線が東海道本線だった。この駅は戦後の開業であるが、ホームがとても長い。

 

 

 

視線の先、松田・御殿場方面寄りに見える構内踏切。こちら側のホームは御殿場方面のうち、上り下りがすれ違う時間帯の列車のみ利用される。

 

御殿場線は無人駅も多く、Suica、PASMOなどのICカードには対応していない。無人駅の乗降の場合、改札(精算)は列車乗務員が扱う。ワンマンカーの時は下車時の精算に備えて乗車時に整理券を取るようになっている。
※平成31年(2019)3月より下曽我駅から足柄駅までの間にICカードの簡易改札機が設置された。これにより松田駅・小田急線新松田駅の乗り換えでSuica、PASMOなどのICカードが利用できるようになった(国府津駅のみ非対応)。

 

 

 

駅を出て県道を国府津(こうづ)方面へ徒歩数分、大きな看板が出ている。

 

 

 

門の軒に吊るされた酒林(さかばやし。杉玉)。

 

写真は2月末の訪問時。新酒の出始めの頃には青々としていた杉玉も、造りが進んでいくにつれて枯れた風合いとなっていく。

 

 

 

石井醸造は明治三年(1870)の創業。県下では数少なくなった造り酒屋の一つとして、ここ足柄平野の地で酒を醸している。梅の名所・曽我梅林にも近い。
主力銘柄は「曽我乃誉(そがのほまれ)」。このあたりが仇討ちの曽我兄弟にゆかりの地・旧曽我村であったことにちなんでいる。

 

なお県下の他の蔵元については神奈川県酒造組合ウェブサイト(外部サイト)へ。

 

 

 

はじめに、新酒の仕込みが続く酒蔵を見学する。
2月上旬、今シーズンの酒造りも総量の半分くらいまで来ているそうだ。

 

社長さんの挨拶に続き、杜氏(とうじ)さんの挨拶。朴訥な、しかし確固たる語り口調に日本酒の杜氏としての矜持を感じる。
ワインは自家栽培・自家醸造を謳う、といわれる。ただ、それは原料となる生のブドウがすぐに傷んでしまうため、かつてはそうせざるを得なかったという面もある。
対してコメは保存がきく。長距離輸送もできる。それは昔から変わらない。自家栽培、即自家醸造にこだわる必要がなかった。

 

すなわち、ワインと日本酒ではそもそも背景となる事情が全く違う。どちらの在り方もまた、いい。それぞれの地酒文化は表面のみの単純な比較はできないであろう。

 

 

 

蔵の入口に設えられた神棚。
「夏子の酒」愛読者としてはつい「おっ、松尾様」と思ってしまうが、酒造りの神様は松尾様(京都・松尾大社ほか全国の松尾神社)ばかりではない。
ここ相州では大山阿夫利神社(おおやま あふりじんじゃ)も酒造りの神様をお祀りしていることで知られる。阿夫利神社には関東一都六県及び隣接する各県の蔵元から酒が奉納されている。

 

ついでに「夏子の酒」(尾瀬あきら著)について少々。連載開始から数えること二十五年を超えた今なお、日本酒好きのバイブルといっても言い過ぎではないこのコミック。老若男女問わず「知らなかったよ」という方々には是非とも読んでみてほしい。

 

私がこの漫画に出会ったのは連載時のリアルタイムではなかった。それは丹沢の山歩きににどっぷりとはまり、憑りつかれた様に相模の地酒を漁っていた頃。
その当時は、参考書として手に入れた「かながわの酒」(相原精次著)に掲載された蔵元が、すでに二軒廃業していた頃だった。なお平成27年(2015)現在は残念ながらさらにもう一軒廃業している。あの1998年のベイスターズ日本一の祝杯で何升も痛飲した「横浜の星」の蔵元・小田原の相田酒造である。

 

時をほぼ同じくして偶然手にした古本のコミックを読み始めたら、もう止まらない。12巻一気読みの果て、ジワーっと感涙にむせぶ。どうにも泣けてきて堪らない。こういった漫画こそ、麻生さんでなくとも「マンガは日本が誇る文化的コンテンツだ」と叫んではばからない気にさせる。むしろ大人のためにあるこの漫画は子どもにはちっとも面白くないだろう。

 

 

 

米を蒸す、大きな釜。この上に吸水させた米の入った甑(こしき)が乗っかり、高温の蒸気で蒸される。

 

 

 

吸水した米。小さく精米(せいまい)された米粒は繊細な洗米(せんまい)、浸漬(しんせき)の行程を経て、蒸米(むしまい。じょうまい)へと姿を変える。酒造りの最初のヤマ場。

 

酒造りに適した米(酒米。酒造好適米)は、食用の米(飯米)とは異なる。有名なところでは酒飲みにはよく知られた山田錦(やまだにしき)や雄町(おまち)、美山錦(みやまにしき)など。

 

酒米は、大粒で心白(しんぱく。デンプン質)が大きいコメ。高級酒になればなるほど、より小さく精米されていく。精米によってできた米ぬかは様々な用途に無駄なく利用されてゆく。一方、飯米はタンパク質などの旨味の元が重要となるため、そこまで削ることは無い。酒米とは求められるものが違ってくる。

 

 

 

醪(もろみ)のタンクがずらりと並ぶ。「酒母(しゅぼ。もと)」に「麹米(こうじまい)」と「掛米(かけまい)」が投入される、いわゆる「造り」の段階。蒸米の掛米は数段階に分けて仕込まれて(投入されて)いく。

 

麹菌の力によってデンプン(精米された心白)から変化した糖が、さらに酵母菌(酒母)によってアルコールへと生まれ変わっていく。

 

 

 

タンクの一つ、仕込んで一週間くらいのものを覗かせてもらう。プツプツと発酵が進み、いい香りだ。甘酸っぱいような、とてもいい香りがツンと鼻を突く。

 

この発酵の過程は気温の低いときに行わなければならないので、酒の仕込み(つくり)は冬に行われる(寒造・かんづくり)。「寒造」は冬の季語でもある。

 

「寒造醪(もろみ)タンクで溺れたい」 おそまつ。
「醪桶溺れてみたし寒造」 ちょっと直してみた。

 

昔は醪桶、いまは醪タンク。これらのタンクは6,000〜7,000Lほどの容量。一方、大きいタンクは一本でざっと10,000Lの容量がある。一升瓶が1.8L、一斗樽で18L、一石で180Lだからタンク一本で50石超だ。

 

 

 

搾りに用いる槽(ふね)。造りを経た「もろみ」は袋に詰められて槽に入れられ、上から圧力をかけて槽の下部にある「ふなくち」からちょろちょろと酒を搾り出す(ふなしぼり)。

 

 

 

もろみは、ここで「しぼりたての生酒」となる。酒粕が残るように粗く搾れば「にごり酒」となる。

 

 

 

小さなタンクは酒母(しゅぼ)タンク。酒母は「もと」ともいい、麹と並ぶ酒造りの重要な要素。

 

このタンクでは酵母が力強く培養される。酵母はデンプンから変化した糖を食べてアルコールを造り出す菌。酒飲みには有名な9号酵母をはじめ、酵母菌の種類は数多い。

 

 

 

こちらは翌年の見学会でちらっと見せていただいた麹室(こうじむろ)。奥に麹米(こうじまい)が見える。

 

麹菌はデリケート。繁殖力の強い納豆菌などが混入すると負けてしまう。そのデリケートな麹菌(種麹・たねこうじ。「もやし」と呼ばれる)を蒸米にパラパラとかけて丁寧に撹拌する作業を繰り返すことにより、麹米が造られる。ここは酒造りの核心部。

 

一般には、スーパーなどで売られている「こめこうじ」で馴染みがある。かじるとほんのり甘い米麹と米だけで作る甘酒は、酒粕(もろみから清酒を搾った残り)で造る甘酒とは異なってアルコールが無く、夏バテの予防にもいい。こめこうじ甘酒は家庭でも炊飯器を利用して意外と簡単に造れる。

 

一方で、試飲会でお土産にいただける酒粕を使った昔ながらの甘酒もひと工夫すると目先が変わる。私の場合は薄っぺらく剥がした一枚分くらいを使ってコップ二杯分(400ccくらい)がちょうどいいのだが、お湯だけで溶かすのではなく6割くらいを低脂肪乳にしている。細かくちぎった酒粕を小鍋に入れて4割くらいのお湯でとろ火にかけながら溶かし、溶けたら小さじ二杯の三温糖と冷たい低脂肪乳6割を加えて混ぜるだけ。意外といけるので、よろしかったらお試しを。

 

 

 

見学を終えると、次はいよいよ試飲会。全五種類。仕込みに使われる丹沢山系の水(やや硬水)をやわらぎ水として合間に飲みながら、クイクイッと頂く。

 

自分はただの呑み助、舌は大雑把なので、含み香とか雑味とか微妙な違いは正直、表現することができない。
唯、口に含んだ時の舌の感覚で「おぉ!」「うぅん・・・」と感じるのみ。
好みのストライクゾーンは幅広いのでコクのある濃醇からスッキリした淡麗、やわい甘口からキリッとした辛口までなんでも旨い美味いと飲んでしまう。よく言えば幸せだが、悪く言えば張り合いがない。
そんな中で比較的好むのは、わずかに辛口を示すが鼻を抜ける薫りの甘い、ふくよかな味わいの酒(日本酒度はプラスの低目、酸度も低め)。あるいは濃醇でフレッシュなしぼりたての新酒もまた、好物。

 

 

まずは本醸造のしぼりたて生原酒。濃醇な、甘くフルーティーな(数値としては辛口)、かすかにシュワっとしたフレッシュな口当たり。「荒々しい」「若々しい」と表現されることの多いしぼりたては、新酒の季節にしか味わえない。地酒の醍醐味だ。
この蔵の本醸造は、もち四段仕込みで造られる。通常の三段仕込み(初添、仲添、留添)の後、もう一段もち米の掛米を最後に投入する。
寒造りで仕込んだ酒をしぼりたて生酒として出荷するのは1月〜3月まで。その後は生貯蔵(生で貯蔵後瓶詰時に火入れする)されるなり、殺菌のための火が入るなり(通常の本醸造)なされる。

 

 

続いており酒。こちらは「純生詰」の活性清酒(火入れをしていない、酵母の生きている発泡性の酒。火入れ貯蔵後瓶詰時に火入れをしない「生詰」とは異なる)。にごりも好きな身にはうれしい。

 

 

次は定番の純米酒。すっきりした飲み口。幾らかやわらかに感じられたが、口にしてから見たラベルの数値(日本酒度)は意外にもけっこう辛口(+7)を示す。この数字からイメージしてきたこれまでの印象とはまた違った味わい。酸度が低めなのだろうか。
プラスの低目(+3くらいまで)の酒は実際に口にしたとき大体はイメージ通りのことが多いが、プラスの高めになるといわゆるキリッとした辛口か中口か幅があるように感じる。日本酒度、酸度の数字は購入時に大いに参考にしているが数字だけでは測りきれない、酒の奥深さを感じる。
翌年の見学会ではしぼりたて生の純米原酒(非売品)が試飲に供された。原酒は度数が高いぶん辛口がより際立つが、鼻を抜けるおだやかな香りがいい。

 

 

そして非売品の15年物古酒(こしゅ)。この見学会・試飲会だけで飲むことができる。
現在の南部杜氏の杜氏さんに交代する前、越後杜氏の杜氏さんが仕込んだ最後のタンクの一つ分を蔵元の歴史の一区切りとしてそのまま寝かせてあるという。社長さん曰く、10年目あたりが一番難しい味だったそうだ。そこからさらに5年、熟成を重ねてきた。
グラスに注がれた、うっすらと山吹色の酒。この場で味わう限り、一期一会の一発勝負だ(とか言いながら厚かましくも何杯か口にしているのだが)。古酒と呼ばれる酒を試飲するのは初めて。ううーん。何と表現したらよいのだろう。これまでいろいろな日本酒を飲んできたが、その範疇に当てはまる味ではない。辛口ではあるが熟していて、それでいてほのかな甘い薫りがする。どこか、軽めの老酒(ラオチュウ)のような風味にも感じられる。
翌年の見学会で古酒に再会。今度は社長さんが「升でどうぞ」と勧めてくれた。改めて口にしてみると、どこか樽酒のような木質系の薫りが感じられる。これは、先が楽しみになってきた。

 

 

最後に日本酒で漬け込んだ梅酒。梅の名所・小田原の曽我梅林に近い酒蔵ならでは。
腐敗を防ぐため日本酒としては度数は高めだが、もっと度数の高いホワイトリカーで作る梅酒とはまた違った味わい。甘い口当たりはストレートでは好みが分かれそう。酒のみならず甘味にも目がない甘辛両党の自分としては、ストレートもいける。
度数の高いホワイトリカーの梅酒なら水割りやロックで飲むところだが、そこはせっかくの日本酒仕込み。すっきりした本醸造や純米で割れば度数はそのままに甘さを抑えた、日本酒ベースの梅酒カクテルとして新しい味わいになりそうだ。

 

なお社長さん曰く、梅の実は寒さで開花の遅れた年のほうが結実がいいそうだ。酒造見学と曽我梅林の観梅をセットにする場合、客にとっては花が遅れてしまうとちょっと物足りないかもしれないが、梅酒造りにとってはむしろ都合がいいことになる。

 

 

 

直売所の前で、試飲会に供されたお酒の販売。一番人気はやはり「しぼりたて生原酒」四合瓶のよう。このほか、吟醸などももちろん購入できる。

 

 

 

上大井駅から帰途へ。楽しい見学会・試飲会だった。地酒を巡る終わりのない旅はまだまだ続く、なーんて言ったりして。

page top