3.陣ヶ下渓谷
陣ヶ下渓谷は横浜市内各地に存在する渓谷の景観を有した河川の中で、唯一「渓谷」の名を付した渓谷。それゆえに「市内で唯一の渓谷」などとも呼ばれる。
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帷子川流域、渓谷の公園めぐり

平成25年(2013)3月、相鉄線鶴ヶ峰駅を起点に渓谷の景観が印象的な公園を巡るウォーキングへ。ゴールは日帰り温泉。
ルートその一は、帷子川(かたびらがわ)親水緑道から中堀川沿いの白根(しらね)不動尊、竜泉寺の湯まで。こちらはのんびり歩ける手軽なコース。
ルートその二は、帷子川親水緑道から市沢川の陣ヶ下(じんがした)渓谷、満天の湯まで。こちらはややロングコース。親水緑道を省いて隣の西谷(にしや)駅をスタートにすることもできる。

 

3.陣ヶ下渓谷

 

陣ヶ下渓谷は横浜市内各地に存在する渓谷の景観を有した河川の中で、唯一「渓谷」の名を付した渓谷。それゆえに「市内で唯一の渓谷」などとも呼ばれる。

 

2.帷子川親水緑道から帷子川分水路取水庭、陣ヶ下渓谷へはこちら

 

 

下流口から、渓谷へ。

 

陣ヶ下(じんがした)渓谷は、帷子川(かたびらがわ)の支流・市沢川(いちざわがわ)の下流近くの渓谷の呼び名。市沢川は、上流の市沢谷戸(やと)を水源とする。
谷戸(やと)とは、小山に囲まれた浅い谷を指す呼称。鎌倉あたりでは谷(やつ)、房総あたりでは谷津(やつ)と呼ばれる。

 

陣ヶ下という名は、平安末期から鎌倉初期の武将、和田義盛(わだよしもり)が渓流の上方に狩りの陣を張った、という伝承によるもの。

 

 

 

陣ヶ下渓谷公園は、傾斜地の山林に覆われた約15ヘクタール(100m四方×15)の大きな公園。傾斜地上部の舗装園路と、下部の渓谷、両者をつなぐ山道からなる。環状2号線の開通とほぼ同時期に整備された。

 

舗装園路も、公園として整備される前は山林を抜ける山道だった。和田義盛が狩りの陣を張ったというのは、現在の舗装園路付近を含めた周囲一帯であろうか。

 

 

 

湿地に渡されていた木道は土を固めた舗装の園路に代わったが、歩きやすくなった。

 

 

 

以前は、こんな感じ。水気が多いため、メンテナンスが大変だったのだろうか。

 

 

 

頭上を市道環状2号線の高架橋が通っている。
橋脚は曲線を多用した、柔らか味のあるデザインとなっている。これはこれで、だんだん馴染んできている。
工事によって赤土が露出した部分は、治水工事に使われる大きな蛇籠(じゃかご)が土止めに用いられている。

 

 

 

道を進むと、やがて右に杉山神社口への道を分ける。

 

 

 

橋の下は、手付かずの渓谷の流れ。

 

 

 

川は大きく蛇行している。
橋に戻り、先をゆく。

 

 

 

すぐに渓流への降り口に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

降り立った先が、陣ヶ下渓谷公園の核心部。
大雨が降れば沈んでしまう、天然の飛び石が頼り。

 

 

 

 

 

 

 

横浜駅半径5q圏内に残された、手付かずの自然。
ただ、長年の間この景観にアクセントを添えていた、たわむ横木は荒天のために流失してしまった。

 

※現在(令和二年二月時点)では左岸階段より上流、右岸階段より下流は立ち入りが規制されている。現況についてはこちらへ(市沢谷戸から陣ヶ下渓谷へ)。

 

 

 

以前の景観。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

岩肌を舐めるように、水は流れゆく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この奥は、両岸が壁となって迫ってくるため足場がなく、遡行は無理。
ここから渓流へ下りる階段のところまで引き返してゆく。

 

 

 

来た道の対岸(左岸)にある階段を上がり、木段の山道を登ってゆく。

 

 

 

やがて園路が舗装されたエリアになり、そのまま道なりに出口(みずのさかみち口)へ。

 

 

 

園路を行く。

 

 

 

みずのさかみち口。

 

 

4.陣ヶ下渓谷から水道記念館・満天の湯へ

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