まちへ、森へ。

八菅山修験、行場の入口

2.石神社(八菅山第二行所・幣山)

 

1.八菅神社(八菅山七社権現)はこちら。

 

 

八菅山(はすげさん)展望台から愛川町によって整備された「八菅修験ハイキングコース」をたどり、第二行所の「幣山」(へいやま。石神社)へと向かう。

 

 

 

夏の低山は蚊が凄い。虫除けをしっかり塗っているのに物凄い勢いでたかってくる。大量の汗のせいで効き目もそう長持ちしない。万が一虫除けを切らしてしまったらえらいことになりそう。

 

 

 

ゴルフ場(中津川カントリークラブ)の舗装路に合流。

 

 

 

ゴルフ場越しに修験の山・経ヶ岳(633m)あたりの山並みが見える。

 

 

 

再び合流。

 

 

 

送電線鉄塔を過ぎると、ハイキングコースの山道への入口。このあたりで標高230m。

 

 

 

道標とコース案内が立っている。ここから山道を下り、石神社(いしじんじゃ。幣山)へ。

 

 

 

この山道が愛川町によってハイキングコースとして整備されたのは最近のこと。一昔前は入口から先の数十メートルは「やぶ漕ぎ」必至の山道だったようだ。

それでなくても東丹沢の外縁に広がる里山は夏には吸血ヒルの出没にも神経を使わねばならない。今回も足首あたりに吸い付いてくるヒルを落とす必殺アイテムの「エアーサロンパス」を用意しておいたのだが、道は下草がよく刈り払われて整備されていたのでその世話にはならずに済んだ。

 

 

 

山道を下っていく。

 

 

 

木段の整備された山道。

 

 

 

斜面下側の路肩も整備が行き届いている。

 

 

 

小さな沢を丸木橋で渡って。

 

 

 

幣山集落まで下りてきた。標高90m。

 

 

 

柵沿いに進む。

 

 

 

獣除け電気柵。扉の開閉は確実に。

 

 

 

集落を抜けて車道へ。

 

 

 

このあたりで標高およそ75m。車道に出たら右(八菅橋方面)へと進む。

 

 

 

先ほどまでたどってきた八菅山の峰。

 

 

 

石神社の参道鳥居は資材置場フェンスの陰。

 

 

 

石神社(いしじんじゃ)の鳥居。

 

 

 

幣山・タテン岩屋の案内板。

 

「修験集落八菅山」では旧修験者の家に伝わる文書をもとに行所を調査。幣山については「タテン神倶利伽羅明王 二番幣山タテン岩屋 心経一巻 オンダキニエイソワカ(荼枳尼天=稲荷呪)諸仏讃嘆 面輪端正 三十七尊 還我頂礼」という文書(タテンは画像案内板に見られる漢字)が伝わる。
「丹沢の行者道を歩く」では幣山を「ダキニ天岩屋」と記している。

 

 

 

石神社の社殿。覆殿の中には十六世紀末頃の建立と推定される間口2.8尺(90p足らず)の小さな本殿が建てられている。御神体は写経石といわれる丸い石。
参考「神奈川県近世社寺建築調査報告書」「修験集落八菅山」

 

 

 

社殿は崖のぎりぎりに建っている。

 

 

 

社殿に向かって左脇に立つ石柱。「是より登山制禁 文久二年(1862) 幣山」と刻まれている。修験道が行われていたころは山伏以外は入ることができなかった。

 

 

 

その先には崖に沿ってそそり立つ巨岩。

 

 

 

この岩が「タイヘイ岩」と呼ばれる岩か。幣山からも平安末〜鎌倉時代の経塚が発見されている。タイヘイ岩の岩上からは七つの瓶子(へいじ)が発見された。

 

 

 

岩の裏側は直下の中津川へ落ち込む断崖。
右岸(下流に向かって右)側も八菅山に挟まれて幅は狭いながらも河岸段丘になっている。

 

 

 

その高さは20mほど。落ちたらひとたまりもない。

 

「修験集落八菅山」は第二行所について「八菅山から北西へ蛇行する中津川に沿い、拝参所跡(白山堂跡)、梵天塚、閼伽井(あかい)と山中の行場を行くと右下、河岸段丘上に小さな岩山がある。これが幣山タテン岩屋である」と記している。

 

「丹沢の行者道を歩く」では「八菅修験春の峰三十行所のうち第5行所までは中津川沿いを進む道である」「かつては舟が行き交うほど水量が豊かだった中津川沿いの丘陵地と川岸の聖地や宿を利用したこの行者道は、第6行所から始まる山岳抖ソウ(とそう。修験道における入峰修行)の厳しい地形とは対照的に丹沢の行者道の中でも個性的なルートである。修験の行者道は『山伏』という呼称からどうしても山のイメージがつきまとうが、必ずしも山中だけではない。海沿いや川沿いにも行者道は存在した」とし、伊豆峰辺路(へじ。岩場の磯の行者道)、四国辺路、熊野大辺路などを挙げつつ「八菅の山伏たちは、中津川沿いのこの辺路に似た行者道がつなぐ行所を巡り、広い川面を眺めながら修行に励んでいたに違いない」と結ぶ。

 

愛川町の八菅修験ハイキングコースは「修験集落八菅山」の研究成果を参考に現代の我々が訪れやすい道を整備したのであろう。一方で岩場の第二行場は岩登りのエキスパートでもない限り下るにはあまりに危険なので「丹沢の行者道を歩く」の研究成果のように中津川の側から接近して登られたのであろうか(それとて危険であることには変わりないが)。

 

 

 

石神社を後にして、八菅橋方面へ。

 

 

 

「かわせみ大橋」の向こうは、中津川の対岸に広がる箕輪(みのわ)耕地。奥に横須賀水道・水道坂が見える。そちらは後ほど巡っていく。

 

 

 

尾山(おやま)耕地に到着。

 

 

 

農道へ。

 

 

 

尾山耕地からの八菅山。

 

八菅山・尾山は環境省により「生物多様性保全上重要な里地里山」(重要里地里山500)に選定されている。かわせみ大橋(町道・幣山下平線)の続きは尾山耕地の中央を通る予定だったのが現在のルートに変更されたようだ。

 

 

 

青田が目に染み入る、里山の夏。

 

 

 

再び車道へ。

 

 

 

豊かな里山環境の保全された、尾山耕地。

 

 

 

八菅橋まで戻ってきた。この先は古道から段丘上の中津往還、古民家山十邸に上がる。

 

 

3.熊坂から古民家山十邸

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