2.剱埼灯台から江奈湾へ
神奈川県三浦半島「岩礁のみち」を歩く。剱埼灯台から江奈湾へ。断崖に海蝕洞窟が口を開ける海岸線は、所々に小さな干潟や広々とした海食台が広がる。漁港に地魚料理の食事処がある江奈湾を過ぎていくと、この辺りでは一番大きな干潟が河口に広がる。
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三浦半島の最南端「岩礁のみち」をゆく

夏の暑さもすっかり止み、まち歩き日和となった令和二年(2020)秋のお彼岸。「関東ふれあいの道 三浦・岩礁のみち」を歩く。


2.剱埼灯台から江奈湾へ


神奈川県三浦半島「岩礁のみち」を歩く。剱埼灯台から江奈湾へ。断崖に海蝕洞窟が口を開ける海岸線は、所々に小さな干潟や広々とした海食台が広がる。漁港に地魚料理の食事処がある江奈湾を過ぎていくと、この辺りでは一番大きな干潟が河口に広がる。


1.間口漁港から剱埼灯台へはこちら。



剱埼(つるぎさき)灯台下の「岩礁のみち」。




剱埼灯台への道案内が記された道標。




浸食された断崖が続く。




海食台(海岸段丘)が広がるこの岩礁一帯も関東大震災(大正12・1923)により海岸が隆起する以前は、海面の下だった。




海食洞窟が口を開けている。




脱皮したカニの殻。




振り返り見る剱埼灯台。




片谷浜(かたやはま)へ向かう。




こちらは剱崎(つるぎざき)。








海食洞窟の開いた口に橋が渡されている。








小さな洞門のような穴。




穴があると、覗いてみたくなる。




穴の反対側は意外と大きな口を開けていた。












ハマカンゾウ。




砂浜が現れた。




片谷浜に広がる、小さな砂浜。環境省の「干潟生態系に関する環境影響評価技術ガイド 第五章ケーススタディ」によれば、ここも小さな干潟。




振り返り見る剱崎の断崖は、幾つもの海食洞窟が口を開けている。




岩場を越えてゆく。








越えた先には海食台が大きく広がっていた。




だだっ広い海食台。




白っぽい層は浸食されて削られ、黒っぽい層は波打つ波濤の如き造形のままに削られずに残っている。奇岩の織りなす荒涼たる景観は、一種独特な趣き。








江奈(えな)湾へ向かう。








江奈漁港に到着。こちらにはみうら漁協の運営による海鮮の食事処「地魚料理 松輪(旧エナヴィレッヂ)」がある。




バスの通る県道へ。




江奈湾沿いに県道を進んでゆく。




大きく育ったゴムの木。地植えでゴムの木がこんなにも育つのだから、やはり三浦は温暖だ。




江奈(松輪江奈)漁港。この漁港は市の「三浦市観光マップ」では間口漁港(江奈地区)と記載されている。正式名称、通称、いろいろな呼ばれ方をしているようだ。




剣崎(けんざき)小学校バス停あたりで防潮堤に上がり、松輪駐在所前へと進んでいく。
海岸沿いに延びていく砂浜は、学術的には遠浅の「砂干潟」「前浜干潟」となる。




振り返り見る剣崎小学校のあたり。




江奈湾干潟へ。最近になって拡幅されたらしき道路の脇には巨大な擁壁。




案内板。




干潟は磯の向こう。




歩道(堤防の天端)のコンクリートが破壊されたままになっている。ここでも台風による高潮の被害がひどかったのだろう。ちょっと歩きにくい。




ヨシ原が現れた。




江奈湾の入江に注ぐ田鳥川の河口を覆い尽くすヨシ。




干潟が河口に広がっている(こちらは学術的には「泥干潟」「入江干潟」となる)。
案内板にあるように、ヨシ原を分けるように流れる河口の流れを「澪筋(みおすじ)」というそうだ。澪といったらこっちが思い出すのは朝ドラ「澪つくし」あたり。澪つくしからはや35年、「昭和は遠くになりにけり」かな。




コサギがいた。カニでも啄んでいるのか。干潟は、野鳥たちの楽園。




広々とした、江奈湾干潟。




江奈湾から毘沙門湾周辺の「岩礁のみち」へ向かう。



3.江奈湾から毘沙門湾へ

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