まちへ、森へ。

時空に連なる、悠久の流れ

2.上大岡駅から黒船見物の丘、久良岐公園へ

 

1.上大岡駅から神奈川県戦没者慰霊堂へはこちら。

 

 

上大岡(かみおおおか)駅前、慰霊堂入口信号まで戻ってきた。

 

 

 

横断歩道を渡り、京急ガード下をくぐる。

 

 

 

くぐった先を、右折。

 

 

 

 

 

 

 

右手に京急百貨店、先に見える信号を左へ。

 

 

 

久良岐(くらき)の丘へ、長い上り坂の始まり。このあたりで、標高およそ15m。

 

 

 

 

 

 

 

振り返れば京急百貨店。

 

 

 

突き当りのマンション前は、右へ。

 

 

 

分かれ道を、右へ。

 

 

 

 

 

 

 

右手に保育園がある。

 

 

 

保育園を過ぎて、道なりに左へ。

 

 

 

再び急坂。

 

 

 

振り返ると、うっすらと富士山が。その左には、箱根の山々。

 

 

 

やがて、墓地にたどり着く。

 

 

 

左手には思わず目を惹く大きなお堂が。

 

ここは高野山真言宗大岡山蓮上院(れんじょういん)真光寺(しんこうじ)。天平(てんぴょう)の甍(いらか)を思わせる、鴟尾(しび)を載せた入母屋造の大屋根が印象的。

 

開基は不詳だが、江戸時代後期編纂の地誌「新編武蔵国風土記稿 巻之七十九 久良岐郡之七 本牧領 上大岡村 真光寺」には、中興の祖である諒賢が寿永2年(1183)に没して以降数十代に渡る連綿たる過去帳の記録があることから「古刹なること論なし」、と記されている。
この地のほど近くからここに移ってきたのは旧境内が地割れしてしまった関東大震災の後、昭和3年(1928)のこと。建物は昭和46年(1971)の再築。

 

 

 

富士山の右隣りには、大山も。箱根から富士、丹沢と、冬晴れの早朝に眺めてみたい大展望だ。

 

 

 

墓地沿いに、もうひと登り。

 

 

 

海側も遮るものがない墓地ゆえの、大展望が広がる。みなとみらいの超高層ビル群。左には真光寺。

 

 

 

横浜駅東口界隈のビル群から少し間をおいて、横浜駅西口のベイシェラトンと、長らく横浜唯一の超高層ビルだった天理ビル(超高層ビルの黎明期・1972年(昭和47)竣工)。
さらに間をおいて、新横浜プリンスホテル。

 

 

 

さらに左に目をやると、真光寺の右側に天王町(てんのうちょう)・保土ヶ谷の横浜ビジネスパーク(YBP)NRIタワー。

 

 

 

昔からの道らしさを感じさせる、とても狭い道幅。

 

 

 

こちらはみなとみらいからベイブリッジまで、大パノラマが広がる。

 

 

 

「黒船見物の丘」の案内板。当時は近隣の村人までもがこぞって見物に訪れ、団子やお茶を売り出す者もあったという。
標高80mを超えるこの小高い山は、周囲の地形がここよりも一段と低いため素晴らしい眺望が得られる。

 

 

 

ここから久良岐(くらき)公園まで、せっかく稼いだ高度ではあるが下ってゆく。

 

 

 

向かう先に、公園の森が見える。

 

 

 

下っていくと上大岡小学校。

 

 

 

突き当りの左が、久良岐公園の一角。このあたりで標高50m。

 

 

 

このときは西側入口は整備工事のため通行止め。

 

 

 

自由広場の入口まで、公園沿いをゆく。

 

 

 

自由広場への入口。

 

 

 

 

 

 

 

久良岐公園自由広場に、到着。

 

 

3.久良岐公園・久良岐能舞台へ

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