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箱根外輪山々麓、大雄山最乗寺(道了尊)


平成30年(2018)の4月上旬、関本(神奈川県南足柄市)から箱根外輪山(明神ヶ岳)の山懐に佇む曹洞宗の古刹「大雄山最乗寺(だいゆうざんさいじょうじ)・道了尊(どうりょうそん)」へ。「天狗の小径(てんぐのこみち)」と呼ばれる鬱蒼とした杉木立の参道を歩き、幽邃な境内を巡る。

1.関本(大雄山駅)から足柄街道、天狗の小径を経て最乗寺へ。




小田急線・新松田駅北口、JR御殿場線・松田駅南口のバスのりば。時刻は朝の10時15分ごろ。駅前からは西丹沢方面などへの富士急湘南バス(タクシーの奥)と箱根登山バス(タクシーの手前側)が発着する。

新松田から大雄山へは小田急グループの箱根登山バス「関本(せきもと。大雄山駅)行き」に乗車。20分足らずで道了尊の門前町・関本(大雄山駅)に到着する。

実はこの路線、近代以降の道了尊参詣手段としては結構由緒ある路線。
「大雄山名所図会」(大正11年12月大雄山最乗寺発行。国立国会図書館デジタルコレクション)によると「大雄山最乗寺の道了様へ詣でるには、東京横浜の方面からも、関西方面からも、矢張り東海道線(注・現御殿場線)松田駅で下車し麓まで一里強自働車(五十銭)馬車(四十銭)人力車(七拾銭)の便あり、目下計画の大雄山電気鉄道は小田原町から、当山麓まで五里強で、大正十二年秋期に開通する」とある。
ここに見られる自働車(乗合自動車)とは箱根登山バスの前身、足柄自動車。




伊豆箱根鉄道大雄山線・大雄山駅。標高48m。
今回は大雄山駅から最乗寺まで「足柄街道」を歩いてゆく。途中の「仁王門」から先は「天狗の小径」と呼ばれる参道が整備されている。

なお関本(大雄山駅)バス停から先、最乗寺までは西武グループの伊豆箱根バス「道了尊」行きが出ている。終点の「道了尊」には10分ほどで着くので、多くの参拝者はここから先もバスを利用する。


足柄路(あしがらみち)は律令国家時代の東海道。関本は足柄峠から相模の側に下って最初の宿駅(宿場町)だった。古事記に見られる「坂本」の地名は関本に比定されている。古代の東海道は関本から国府津(こうづ。小田原市)を経て鎌倉、走水(はしりみず。横須賀市)へと向かう。
鎌倉時代に入ってからも、足柄路は箱根路とともに東西を結ぶ街道として機能した。
中世後期の戦国時代には北条氏により小田原城下から関本、足柄峠を経て駿河から甲斐へ抜ける甲州道(こうしゅうみち)が整えられる。さらに近世の江戸時代になると足柄峠から関本を経て松田、大山(蓑毛)から江戸へと通じる矢倉沢往還が整えられた。

新松田から関本まで乗ってきたバスは矢倉沢往還の道筋に概ね重なる。そして関本から小田原へ向かう道(甲州道。足柄街道)の途中に最乗寺仁王門がある。関本は宿場町であると同時に大雄山の門前町でもあり、江戸時代には「大雄山詣で(道了講)」の人々で賑わった。
文政六年(1823)の記録(道中日記)には関本を「最乗寺の麓」と記し「町の中に最乗寺への道がある」との記述が残されている。そして「最乗寺の山の六丁目に代官茶屋がありここに荷物を預け置く。これより小田原に出る道がある。道了尊に参拝後は代官茶屋に戻り小田原に出る」と続いていく。
参考「神奈川の東海道(下)」




足柄山といえば、金太郎。駅前にはお馴染みの鉞(まさかり)担いで熊に乗った像。

大雄山駅前を午前10時45分ごろに出発。最乗寺の三門(山門。標高307m)まではのんびり歩いておよそ75分、標高差は260m。




狩川(かりがわ。酒匂川・さかわがわ支流)を大雄橋で渡る。正面には箱根外輪山の明神ヶ岳(1169m)。




橋から見えるこんもりした山は矢倉岳(やぐらだけ。870m)。矢倉岳の手前を流れる矢倉沢に沿って遡っていくと足柄峠に至る。




大雄橋から最乗寺まではおよそ3q。




商家の板塀が旧街道の風情を醸す。




南足柄神社を通過。




参詣道には宿が数件。




大雄山詣り(道了講)の人々が奉納した石碑があちこちに見られる。




参道一丁目バス停。




「元祖 天狗せんべい 村上商店」の看板。




村上商店の向かいには古そうな額看板を掲げた商店。




「名物 つけもの 大雄山麓二丁目 鶴野屋」とある。




まもなく仁王門。




大雄山駅を出発しておよそ20分、仁王門バス停に到着。ここで標高110m。ここまででも駅前から60m余り登ってきた。ここから先は鬱蒼とした杉木立の参道となる。




案内板。仁王門から先は山深い。




参道には一丁目から二十八丁目まで石燈籠型の道標が置かれている。




阿吽の仁王像が安置された、最乗寺仁王門。

中世の寺院は南都の古代寺院のように区画がきっちりとした伽藍ではなく、山の中腹に境内が広がることも多い。山麓の総門(惣門)から本堂までは山道の参道が延々と続く。そうなると総門はその脇をひょいと通っていくこともできるので、総門には塀で囲まれた寺域の出入口という役割は求められていない。それは浄界への入口という、精神的な象徴であった。




朱塗りの門には「東海法窟」の扁額が掲げられている。「最乗寺専門僧堂」とあるのは、最乗寺が修行僧(雲水)の修行道場であることを示す。

曹洞宗の公式サイトによると、全国一万五千寺にものぼる曹洞宗寺院の僧侶の修行道場となる僧堂を設けている寺院は、大本山永平寺(福井県永平寺町)・大本山總持寺(横浜市鶴見区)を始めとして全国に28か所ある。最乗寺もその一つ。




仁王門をくぐった左手には、しっとりと落ち着いた佇まいがいい「茶屋天んぐ」。横断歩道を渡ると「天狗の小径」の歩道が延びてゆく。




道了尊行きのバスが通過していく。バスに乗ってしまうと「天んぐ」に気付かずに通り過ぎてしまうのがちょっと惜しい。




右手は最乗寺法雲閣(墓苑)への道。 




天狗の小径へ。




「てんぐのこみち」案内板。




天狗の小径の舗装はクッション性があり歩いていて足裏に柔らかな弾力を感じられ、心地いい。




七丁目の石灯籠。頂部の火袋(ひぶくろ)が欠損している。




車道が大きくカーブしながら登っていくところは、車道から離れて階段で真っ直ぐに登っていく。




朽ちた切り株の根。




車道に合流。




4月最初の週末だが、早くも八重桜が満開になっている。




ヤマブキ。




杉の大木が立ち並ぶ参道。




十丁目の石灯籠。こちらは完全な形で残っている。




栂(ツガ)の大木。









相生歩道橋で「足柄森林公園丸太の森」「おんりーゆー(温泉)」「郷土資料館」「県立足柄ふれあいの村」への車道分岐を跨ぐ。









案内板。各施設へは車道に下りて分岐へと回る。




大木の並木。




シャガの花。









十七丁目辺り。




再び各施設の案内板。こちらは山道からのアクセス。









十八丁目茶屋。









二十二丁目辺り。




二十二丁目茶屋。

天狗の小径を歩きながら「何処にあるか」と気にかけていたが探し切れなかった「袈裟掛けの松」は、この茶屋のすぐそばにあるようだ。
それは「天狗伝説の里めぐり」パンフレット(南足柄市。PDFファイルあり)の境内絵図に載っていた。松の木自体は江戸時代の後期、嘉永元年(1848)の道中日記ではすでに枯れていたとある。参考「神奈川の東海道(下)」




まもなくバス終点。




終点の「道了尊」バス停に到着。標高280m、時刻は12時ちょっと前。


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