日本大通り・山下公園通りの黄葉


関内(かんない)・横浜公園から港に向かって延びる日本大通り(にほんおおどおり)、山下公園通りを、12月初旬・黄葉の季節に歩く。




横浜公園。明治9年(1876)開園。
横浜が開港(1859)したのち、しばらくは岩亀楼(がんきろう)で有名な港崎(みよざき)遊郭があった。大火で遊郭が焼失後、日本人にも開放された公園としては最初の西洋式公園「彼我(ひが)公園」として開園。横浜スタジアムの前身となる野球場もつくられた。

JR根岸線関内駅から横浜スタジアムの脇を通り抜けると奥は庭園になっている。その先を日本大通りが港に向かって延びる。横浜公園・日本大通りの詳細はこちら(開港場の土木遺産・記憶の遺産)。




日本大通り。明治3年(1870)原型が完成。
外国航路の客船が接岸する大桟橋(おおさんばし)とその根元・象の鼻波止場にむけて延びる、日本で最初に整備された西洋式街路。
船客を出迎える、横浜開港の原点ともいえるエリア。









旧日本綿花(ニチメン。現双日)横浜支店。昭和3年(1928)築。




横浜地方裁判所。昭和4年(1929)築。平成13年(2001)復元。
かつてツタの絡まるアイビー・コートと呼ばれたスクラッチタイル張りの低層棟は、背後の高層棟建設に際していったん解体、正面部分が元の姿に復元された。




旧横浜商工奨励館。昭和4年(1929)築。
現横浜情報文化センター旧館。一階にレストラン・アルテリーベが入居する。




県庁本庁舎。昭和3年(1928)築。
昭和初期に流行した、和洋折衷の帝冠(ていかん)様式。














スタジアムのY字型照明塔が浮かび上がる。




本町(ほんちょう)通り沿いに、開港記念会館。大正6年(1917)築。
横浜三塔(開港記念会館、県庁、税関)の最古参。関東大震災により大きく損壊したが復旧。戦後の十余年にわたる接収を経て、平成元年(1989)にはドームも復元され往時の姿に戻る。
現在も公会堂として利用されている。




横浜貿易会館。昭和4年(1929)築。
デンマーク国旗をデザインした日よけが印象的な北欧料理レストラン・スカンディヤが入居。

右奥の白いビル「シルクセンター」一階には、神奈川県全域の地酒・地ビール・食品などの特産品を一堂に集めたアンテナショップ「かながわ屋」が入居している。




海岸通り沿いに、横浜税関。昭和9年(1934)築。
緑青のドームを冠した塔屋は、横浜三塔では最も高い。建設に際し「国の施設が県の施設より低いことはあってはならぬ」ということがあったそう。
左の高層ビルは県警本部。右奥にインターコンチ。




開港広場の傍らに建つ、海岸教会。昭和8年(1933)築。
明治初期に建てられた先代は震災で倒壊した。日本人のためのプロテスタント教会としては最古の歴史を持つ。




開港広場から海岸通り方面。




開港広場から山下公園通りへ。
山下公園は関東大震災のがれきで埋め立てて造られた臨海公園。









戸田平和記念館(旧イギリス七番館)。大正11年(1922)築。
海岸通りでは震災前の建築で唯一残った建物。かつてイギリス系商社の事務所として使われた。




ホテルニューグランド旧館。昭和2年(1927)築。
関東大震災からの復興事業のシンボルとして開業。震災で廃業した外国資本の「グランドホテル」とは直接のつながりはない。
左奥にマリンタワーが見える。




隣には新館タワーがそびえる。


関内界隈の近代建築・内部公開へ  四季だより・歳時記トップへ戻る