令和七年(2025)2月下旬にさしかかった頃の週末、神奈川県足柄上郡開成町(あしがらかみぐん かいせいまち)へ。桃の節句も間近な季節、築300年の古民家「あしがり郷(ごう) 瀬戸屋敷」で開催される吊るし雛まつり「開成町瀬戸屋敷ひなまつり」を観に行く。続いて近隣の瀬戸酒造店・一畳酒場へ。
1.新松田駅から「あしがり郷瀬戸屋敷」へ
吊るし雛まつりの期間、瀬戸屋敷へは週末のみ小田急線開成駅から無料のシャトルバスが出ている。なお公式サイトによると開成駅から瀬戸屋敷までは徒歩50分、最寄りの路線バスのバス停(新松田駅発関本(大雄山駅)行き箱根登山バス・四ツ角)からも徒歩15分。
今回はそちらを使わずに一駅隣りの新松田駅から散策がてら歩いていく(徒歩40分)。


小田急線新松田駅北口からロマンス通りを進んでいく。町立松田小学校の手前まで来たら信号交差点を左へ。


酒匂川(さかわがわ)に架かる十文字橋を渡る。


十文字橋の歴史は古い。
案内板によると初代は明治22年(1889)に架けられた。そのきっかけは同年の東海道本線(現在の御殿場線はかつての東海道本線の一部)の開通。松田駅から大雄山最乗寺(道了尊)への幹線道路に架かる橋として架けられた。


橋の向こうにはおにぎりのような矢倉岳(やぐらだけ、870m)。その左手にぴょこっと頭をのぞかせるのは箱根外輪山の金時山(きんときやま、1212m)。


橋の途中で松田町(まつだまち)から開成町へ。


開成町側に残る、アーチ型の古い欄干。おそらく先代の橋のものだろう。


開成町側のたもとに植えられている「十文字渡しのけやき」。
明治期以来の幹線道路は近世以前からの旧街道に概ね重なる。古代の官道(足柄峠越えの古東海道)が都から東国に延びていた時代から江戸時代の旧東海道の裏街道(矢倉沢往還)に至るまで、この地を多くの人々が行き交った。
案内板によるとケヤキの木は急流に流されがちな酒匂川を渡る際の対岸からの目印として植えられたという。現在の木(二代目)に植え替えられたのは2007年(平成19年)というから、初代のケヤキは結構長いことこの地を見守ってきた。


橋を渡って旧道をまっすぐ進んでいくと四ツ辻(十字路)に「あじさいの里」は500m先を右折、という道案内が出ている。


十字路の角に建つ「道祖神」と刻まれた碑。その両側には「皇紀二千六百年(昭和15・1940。零戦・零式艦上戦闘機が登場した年)」「武運長久」の文字が読み取れる。
碑の隣には双体道祖神が祀られている。そちらは風化が著しい。
村の守り神として各地に祀られていた道祖神は戦前までの日本に見られた民衆信仰のひとつ。日中戦争から第二次大戦へと戦時色の濃かった時代でもこうして碑が建てられたのだから、身近で素朴な信仰として大切にされていたのだろう。


石造・モルタル塗の蔵と理容店がはす向かいに建つ、次の十字路を右折する。


右折して進んだ旧道の左手に、小さな地域稲荷の祠(ほこら)。


祠の背後に立つ案内板によると、ここは「幕府代官蓑笠之介(みの かさのすけ)の陣屋跡」。この稲荷は「大庭稲荷祠(おおばいなりし)」といい陣屋跡の一隅に建っていたものとあるので、元々は代官屋敷の屋敷稲荷だった。
大庭稲荷祠は堤村(茅ヶ崎市)から勧請された、とある。茅ヶ崎の大庭というのは「鎌倉殿の13人」で全国的にも知名度が上がった相模武士・大庭氏の大庭郷から来ているのだろう。
蓑笠之介は田中丘隅(たなか きゅうぐ)の娘婿、とある。蓑家の歴代の人々が笠之介を名乗っているそうなので、その何代目かの人だ。田中丘隅はこの案内板では文命堤(酒匂川の治水事業)の築造で知られると紹介されているが、それに先立ち東海道川崎宿・田中本陣の跡取り養子として川崎宿の復興に尽力したことでも知られる。とにかくスーパーマルチな人だった。
蓑笠之介、田中丘隅ともに享保年間(1716〜36、将軍吉宗の治世)の名奉行である大岡忠相(おおおか ただすけ)に見込まれて、その配下で活躍した人たちとなる。参拝したら、あやかれるかな?


旧道を更に進んでいくと吉田島地区の鎮守、吉田神社。


拝殿。
案内板によると吉田神社は源頼朝が伊豆三島から勧請した西相模八社のひとつと伝わり、古くは三島社といった。祭神は大山祇命(三島大社の祭神でもある。三島大社は鎌倉将軍家が三所詣で篤く信仰した)など。明治の世になって数社を合祀、現在の吉田神社となる。
本殿(拝殿の背後)は村誌によると酒匂川の洪水で被災した社殿を宝暦14年(1764)に復元したとあり、専門家による鑑定でも江戸中期の建築とされている。本殿に祀られる御神鏡は代官の蓑笠之介が元文五年(1740)に奉納。


上島公民館前の馬頭観音群。一家の農作業などの労働を担った馬が寿命を迎えた際に供養のために建てられた石塔が、ここに集まっている。案内板によると各所に祀られていた馬頭観音が屋敷の建て替えや道路拡張などに伴ってここに持ち寄られてこうなった、とのこと。
画面奥の大きな石塔は「南無阿弥陀仏」と刻まれた六字名号塔(ろくじみょうごうとう)。そのクセの強い字体からして、駿豆(静岡県)や足柄地域でよく見られる唯念(ゆいねん)上人の念仏講による六字名号塔のようだ。


旧道は松田警察署吉田島駐在所の角で県道を斜めに横断する。


緩くカーブした旧道を進む。路面に描かれた丁字路の白線表示を一つ過ぎて、この先でもう一つ過ぎていく。


「あじさいの里」案内板の立つあたりまで来た。ここで旧道を逸れて、案内板脇から区画整理された農道へ。


あじさいの里案内板。「開成町あじさいまつり」は昭和の後期に圃場整備のなされた水田の農道、水路沿いに植えられた紫陽花が主役。


冬枯れの水田、冬枯れのアジサイ。


「まつだ桜まつり」が始まった松田山(まつだやま)の河津桜も満開までもうしばらくかかりそう。


武永田(ぶえいだ)水辺公園。「水神の塔」と名付けられたモニュメント(平成元年設置)が見える。


アナベル(アメリカ原産のアジサイ。花言葉は「ひたむきな愛」「辛抱強い愛情」だそう)が植えられた一画。


春浅い二月、水路沿いを彩るのは水仙。


開成町あじさい公園まえの発電水車。


開成町あじさい公園発電所(平成27・2015年竣工)は、持続可能な再生可能エネルギーを利用する目的で全国各地に展開する農業用水などを利用した小水力発電(マイクロ水力発電)のひとつ。用水路に水が流れる季節に稼働する。
SDGsというワードが一般化した昨今、マイクロ発電なるものがあるということを耳にしたことはあった。が、県内では初の開放型らせん水車ということもあって実物を見るのはこれが初めて。


あじさい公園の案内板に見られるのは「開成ブルー」と名付けられた青い紫陽花。


あじさい公園の角を曲がり、県道方面へショートカット。


圃場整備がなされる前からの水路伝いに進む。


突き当りを左折し、県道へ。


突き当りの右手には、葺き替えられたばかりの立派な茅葺の門が見える。何処かから移築されたのかと気になって近くで見てみたのだが、由緒などの案内は特に見られなかった。
ここは佐藤組という土木建設会社の敷地だが、ストリートビューを見ると2024年2月撮影の映像(2025年2月に参照)では茅葺の傷みが進んだ状態だった。会社のポリシーで茅葺が維持されているのだろう。


県道に出たら右折。


瀬戸屋敷ひなまつりの看板、幟が出ている。
この県道は旧道が拡幅された道で、緩やかにうねっている。


あしがり郷瀬戸屋敷の駐車場を過ぎる。
正面には右手に矢倉岳、左手に箱根外輪山の明神ヶ岳(1169m)、中央にぴょこっと飛び出た金時山。


瀬戸屋敷に到着。新松田駅から徒歩40分のところ、所々で寄り道したため50分近くかかった。
このサイトは(株)ACES WEB 「シリウス2」により作成しております。