まちへ、森へ。

県立保土ケ谷公園からカーリットの森へ

令和二年(2020)の2月上旬、早咲きの梅が花開いた保土ケ谷公園へ出向く。保土ケ谷公園からは「カーリットの森」と呼ばれる里山(仏向谷戸、たちばなの丘公園、市沢谷戸)をめぐり、陣ヶ下渓谷へ。

 

1.和田町駅から県立保土ケ谷公園

 

 

相鉄線和田町(わだまち)駅南口。線路に並行する水道道(すいどうみち)を左へ進む。

 

 

 

横浜新道の高架下で二又の分かれ道を右へ。

 

 

 

星川小学校前の信号を右折。

 

 

 

坂を登っていく。

 

 

 

横浜新道星川入口の信号を左折。

 

 

 

坂を登っていくと、県立保土ケ谷公園の北口に到着。

 

 

 

公園案内図。

 

保土ケ谷公園の広さはおよそ35ヘクタール(100m四方×35)。北口のあたりで標高およそ20m、明神台バス停あたりで標高およそ54m、保土ケ谷球場のバックネット裏スタンドあたりで標高およそ67mとなる。

 

県立保土ケ谷公園の開園は昭和32年(1957)。もっとも現在の広さになるまでは紆余曲折を経ている。

公園の元となったのは戦時期の昭和16年(1941)3月に指定された防空緑地。これは戦時下における空襲による市街地の延焼を防ぐことを目的とした防空都市計画の一環として実施された。
防空緑地の一部は戦後アメリカ軍により高射砲陣地として接収される(現在の公園の北寄り)。接収はその後も昭和40年頃まで自衛隊の駐屯地として継続し、接収解除後に公園として拡張されていった。一方で、防空緑地の平和利用の観点から県による総合運動施設としての整備計画が立ち上がっていた。県立運動公園としての開園に先駆け、接収から外れていた地区では昭和24年(1949)に保土ケ谷球場が開場、東急対巨人のプロ野球公式戦が行われる。翌昭和25年(1950)には保土ケ谷蹴球場が開場。こちらでは全神奈川とYCAC(ワイシーエーシー。横浜カントリー&アスレチッククラブ)のサッカー国際親善試合が行われた。

参考「かながわの県立都市公園(パンフレット)」「目で見る都市横浜の歩み」「保土ケ谷区史」

 

 

 

「さくらの小径」を登っていく。道路沿いには「イチョウ坂」と呼ばれる銀杏並木が続く。

 

 

 

黄葉シーズンのイチョウ並木。

 

 

 

黄金色の並木が続く。

 

 

 

体育館前。

 

 

 

ピクニック広場。

 

 

 

体育館からラグビー場へ。

 

 

 

ラグビー場。小規模ながら固定座席のスタンドもある。

 

 

 

人工芝の張られたラグビー場。このグラウンドはラグビーの他、サッカーにも利用されている。

 

 

 

こちらは2019年12月8日、ラグビートップイースト・ディビジョン1の公式戦。トップイースト・ディビジョン1はトップリーグ、トップチャレンジリーグに続く三部リーグの位置付けとなる。

 

 

 

土(クレイ)だったグラウンドが人工芝に改修されたのは平成19年(2007)。近年は天然芝ピッチを補完する意味でロングパイル人工芝ピッチが全国各地に普及。JFA(日本サッカー協会)公認、JRFU(日本ラグビーフットボール協会)適合証明を取得したピッチでは公式戦も行われる。ここ保土ケ谷公園ラグビー場ではJRFU適合証明を取得しており、ラグビーの公式戦が開催可能となっている。

 

 

 

対戦カードは富士ゼロックス・ファイヤーバード対秋田ノーザンブレッツ。10月13日(RWC・日本対スコットランド戦が横浜国際で行われた、あの日)に行われるはずだった公式戦(海老名運動公園陸上競技場)が台風19号のため中止・順延され、日程を改めて保土ケ谷公園ラグビー場で行われた。

 

 

 

秋田ノーザンブレッツの横断幕。クラブチームであるノーザンブレッツの前身は東日本社会人リーグ時代の秋田市役所。80年代には新日鉄釜石(現釜石シーウェイブス)に続く東北の雄として、その名を馳せた。秋田といえば、その当時全国トップレベルに君臨し多数の日本代表を輩出した高校ラグビー界の古豪・秋田工もオールドラグビーファンにとっては馴染み深い。

 

 

 

ゲームが始まった。両チームのジャージが同系色のため、ちょっと紛らわしい。

 

 

 

スタンドには地元の富士ゼロックス関係者のみならず、秋田の応援団も駆け付けている。得点の度に「いいぞ、いいぞ、秋田」のコールが沸き上がる。

 

 

 

ノーサイド。

 

 

 

ゲームは前後半を通して秋田が押し気味。派手な点の取り合いになった。

 

 

 

ラグビー場の隣は少年野球場。

 

 

 

天然芝ピッチのサッカー場。

 

 

 

かながわアートホール。平成四年(1992)に開館したこの施設は、小ぶりなコンサートホールやスタジオを備えている。指定管理者は神奈川フィル。

 

 

 

アートホールの外階段二階から見るサッカー場。

 

 

 

アートホール前の、いこいの広場。

 

 

 

噴水広場。訪れたときは水が止まっていた。

 

 

 

サッカー場スタンド前から保土ケ谷球場へ。

 

 

 

サッカー場スタンド。
スタンドの規模は大きくはないが、ここではサッカー女子「なでしこリーグ」の公式戦も開催されている。

 

 

 

保土ケ谷球場の一塁側。

 

 

 

二階コンコース、三階観客席の平面図。外野芝生席も含めるとおよそ15,000人を収容する。

 

 

 

「ドカベン」のおかげで全国的にも知名度が高い保土ケ谷球場。現在はネーミングライツ(命名権)により「サーティーフォー保土ケ谷球場」と命名されている。

 

 

 

改修前の保土ケ谷球場。画像出典・保土ケ谷区史
ドカベンでもおなじみの、カマボコ屋根の連なる内野スタンド。「神奈川を制する者は全国を制す」と呼ばれていたころが懐かしい。

 

 

 

軟式野球場。

 

 

 

奥へ進むと花見台交番前。左手の横断歩道を渡り、梅園のある散策エリアへ。

 

 

 

プール。

 

 

 

左手にテニスコート。

 

 

 

谷戸の地形を生かした散策エリア。

 

 

 

せせらぎが造られている。

 

 

 

上池。

 

 

 

せせらぎ沿いの河津桜はつぼみが膨らんでいた。

 

 

 

ちらほらと開花が始まっている。

 

 

 

木の階段を上り、梅園へ。

 

 

 

早咲きの梅が見ごろを迎えた梅園。

 

 

 

梅園越しにランドマークタワーを望む。遅咲きも含めて全体が見ごろを迎えるのは、まだまだこれから。
保土ケ谷公園梅園・早咲きの梅

 

保土ケ谷公園を後にして、「カーリットの森」(仏向谷戸〜たちばなの丘公園〜市沢谷戸)へ向かう。

 

 

2.県立保土ケ谷公園から仏向町小川アメニティ(仏向谷戸)へ

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